松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ウ・ヨンウ弁護士は天才肌

2022/11/07公開

自閉症の女性弁護士が大活躍する人間愛に満ちた法廷ドラマ

Netflixシリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」独占配信中

 近年の韓流ドラマは、ステレオタイプな性差イメージの転換を、意識的に図っています。

 たとえば料理。以前のジェンダー・イメージでは、料理上手は、女性にとっての良い価値観でした。

 ところが韓流ドラマでは、これを意識的に逆転させています。たとえば「愛の不時着」では、北朝鮮の軍人リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)は、麺から手作りほどのするほどの料理好きですが、韓国の財閥社長ユン・セリ(ソン・イェジン)は台所に立ちません。

「海街チャチャチャ」でも「社内お見合い」でも、男性はエプロンをかけて、せっせとご馳走をこしらえて、それが男の魅力として描かれています。

 韓国ではフェミニズム文学が盛んです。小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジョ著)は130万部を超える大ベストセラーとなり、さらに30ヵ国で翻訳され、世界各国で大評判となりました(日本語版は、斎藤真理子訳、筑摩書房刊)。
 女は、生まれたときから、家庭で、学校で、職場で、社会で、「女らしさ」の抑圧を受けて育ち、生きていく……。
 この本が大ヒットした韓国の家父長制の女性差別、しかし苦しむ女たちを揶揄したり、男も差別されているなどと論点を変えずに、性差別を真正面から考えて、取り組もうとする韓国社会の健全さを感じました。

 女性差別に敏感な社会は、そのほかの差別にも敏感です。たとえば同性愛者や障害者についても、ステレオタイプな偏見や、無知による差別を取りのぞこうとする意識があるのです。

 ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」も、こうしたステレオタイプなイメージの転換が意図されています。
 これまでの法廷ドラマでは、弁護士役は、頭の切れる論理的な男性か、キャリアウーマン風の強い女性でした。
 ところが、このドラマで活躍をする主人公の弁護士ウ・ヨンウは、若い女性で、自閉症スペクトラムという病気を抱えています。彼女は、人とのコミュニケーション、食事のとり方、部屋への入り方などに、色々な困難を抱えている「弱者」です。

Netflixシリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」独占配信中

 しかしそんな彼女は、ロースクールを首席で卒業した並外れた記憶力と思考力、洞察力があります。多くの法律の条文を暗記していて、それを見事につなぎあわせて考え、裁判で勝訴へ導きます。

 つまりこのドラマでは、「弁護士=社会的強者」というステレオタイプを脱して、ハンディのある女性でも有能な職業人として働くことができる、という新しい姿を見せているのです。

 ちなみに、以前ご紹介したドラマ『私たちのブルース』では、実際に聴覚障害の女優さんとダウン症の女優さんが出演していましたが、本作では、女優パク・ウンビンさんが自閉症を演じています。自閉症を演じることの難しさ、自閉症の人々と家族への配慮、そのプレッシャーはどんなに大きいか。それを考えると、彼女の勇気と演技力に感服します。

 何よりも、自閉症の女性を主人公にしたドラマを企画した製作者に、感心するのです。日本なら、「リスクが高い」「いろいろな方面からクレームが来そう」と敬遠されがちではないでしょうか? このドラマが世界的に評価されている理由の一つは、こうした製作者の意欲と平等への視点にもあると思います。

 訴訟でウ・ヨンウが扱う案件は、現代社会を反映するテーマが選ばれています。
 モラハラ夫と夫婦間のDV、同性愛者の結婚、遺産相続で揉める兄弟、企業の特許と知的所有権、大型道路が造られて集落が分断される村、知的障害者の性愛、脱北者、熾烈な学歴社会、顧客情報の漏洩など。

 こうした問題に、20代の彼女は、弁護士として、社会の公平をめざして、果敢に挑んでいきます。時には、自閉症に無理解な上司や依頼人に悩んだり、時には、利益優先の企業や人々の汚れた一面にも苦しみながらも、誠実に仕事をしていくウ・ヨンウ弁護士のさわやかさ、明るさ!

 またドラマは、年ごろのウ・ヨンウ弁護士と職場の同僚(カン・テオ)がたがいに胸ときめく恋心とその進展、自分を育ててくれた父との親子愛、離れて暮らす母への思いといった人間模様も描きます。

Netflixシリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」独占配信中

 ウ・ヨンウ弁護士を演じるパク・ウンビンさんの可愛らしさ、大の鯨好きの彼女が見せる鯨への愛、法廷でのひらめきと活躍を楽しめる大ヒットドラマ。2024年に続編も放送されるそうで、今から楽しみです。


松本侑子さん『赤毛のアン』トーク&サイン会が2022年11月27日(日)に開催されます。
詳細:芳林堂書店の公式サイト(カタログハウスのサイトの外に移動します)

予告編

今回ご紹介した作品

ウ・ヨンウ弁護士は天才肌

Netflixにて独占配信中

情報は2022年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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