松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ナビレラ -それでも蝶は舞う-

2022/12/07公開

人生の最後の夢を、どう生きるか?

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 今は新型コロナで中断していますが、その前は、毎年6月、私の企画・同行解説でカナダ『赤毛のアン』ツアーを実施していました。

 日本からカナダへの機内では、ツアー中の現地解説にそなえて、睡眠をとるようにしていますが、食事中は起きています。そこで食事の間は、韓国映画を見ます。韓国語はわかりませんので、英語字幕です。なかには日本では劇場公開されない作品もあり(ナ・ムニ主演の元従軍慰安婦の映画など)、いろいろと興味深いのです。

 抜群に面白かったのは『Miss Granny』。

 これは、70代の女性が写真館で記念写真を撮った所、心は70代のまま、姿は20歳のお嬢さんに戻った……という奇想天外な設定ながら、失われた青春を追体験する女心のときめき、大爆笑のユーモア、母子の愛、女の人生の歴史、情感豊かな歌に感動して、機内にもかかわらず、滂沱(ぼうだ)と涙を流して見ました。

 帰国して、日本でも見たいと思いきや、映画の邦題がわからない。ハングルが読めないので韓国の題名もわからず、検索して、やっと『怪しい彼女』(2014年)と判明! 六本木の映画館でかかっていると知り、はせ参じて、また泣き、その後、Amazonプライムでも見ました。

 主演は、ヒロインが70代の時はナ・ムニ、彼女の男友だちの老人はパク・イナン。ちなみに20歳に若返った時の女優はシム・ウンギョン(「新聞記者」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞)。

 この映画『怪しい彼女』のナ・ムニとパク・イナンの名コンビが、ドラマ『ナビレラ』に夫婦役で出ていると知り、「これは見ずばなるまいて」と鑑賞しました。

『ナビレラ』は、『怪しい彼女』とはまったく異なる大人の名作でした。

 主人公は、70代の男性ドクチュル。彼は友だちの葬式に出て、同世代が、みんな年をとったことを実感します。介護施設に暮らす仲間もいるのです。

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 そんな彼は、少年時代からの夢だったバレエを習うことにします。彼が育った家は貧しく、バレエのお稽古どころではなかった。結婚後も、3人の子どもを育てるのに精一杯で、生活に余裕はありませんでした。

 しかし今、子どもたちは大人になり、彼は70歳を過ぎて、元気なうちに、本当に自分がしたいことは何か? それは「白鳥の湖」を踊ることだと考えます。

 指導する先生は、20代のバレエダンサーの卵チェロク。彼は母親が他界し、父親は服役中という寂しい境遇で、一人で生きています。バイトが忙しくて練習時間がとれず、バレエはスランプ気味です。

 そんな若い彼は、70代のおじいさんの指導を煙たがり、冷ややかに接します。しかし老人が、家族から反対されても、レッスンに通って来る本気さ、明るさに、少しずつ心が動かされていきます。

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 このドラマは、人生の終わりが見えてきた人間が、最後の夢をどう叶えていくのか、という作品なのか……と思い始めた後半から、いきなり、展開が変わります。

 なぜ老人は、バレエを習おうと思ったのか、実は、もっと大きな理由が、それも深刻な理由があったのです。

 少しずつ老いていくことの胸が締め付けられるような哀しみ、それでも自分を諦めずに、今の自分にできることを大切にして生きていこうと努力するドクチュルの姿、それを支える家族の苦悩、迷い、そして思いやり。

 しかし高齢の父を助ける息子や娘も、立派な中年であり、仕事の問題、子どもの心配ごと、健康の悩みなど、それぞれに何かを抱えているのです。

 これはきれいごとのドラマではありません。物語の展開はゆっくりとしています。派手さもなく、胸キュンの恋もありません。

 年を取るとはどういうことか。人間らしく老いるには、どうすればいいのか。高齢化社会の命の尊厳を描いた作品です。それでも暗くなく、ほのかなユーモアがあり、救われます。

 それにしても、主役が70代男性というドラマの企画は、日本では難しいのではないでしょうか。韓国のテレビ業界の懐の深さ、一歩先を行くテーマを見すえる胆力に、圧倒されました。

 主演のパク・イナンは70代になって、本作で初めて主役をつかんだ遅咲きの名優であり、老いて夢を追うドクチュル役にうってつけです。

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 バレリーナ役のソン・ガンは、甘いマスクと均整のとれたスタイルが魅惑的で、恋愛ドラマ『わかっていても』『気象庁の人々:社内恋愛は予測不可能?!』で世界的な人気を集めています。


松本侑子さんの新刊
新訳『虹の谷のアン』モンゴメリ著、松本侑子訳、文春文庫

予告編

今回ご紹介した作品

ナビレラ -それでも蝶は舞う-

Netflixにて独占配信中

情報は2022年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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