松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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わかっていても

2023/01/25公開

不実な美男に恋する女子のもどかしさと葛藤

Netflixシリーズ「わかっていても」独占配信中

 韓流のラブシーンについて語りたいのですが、私が最初に韓ドラにはまった「冬のソナタ」(2002年)は、じれったいほど、そういう場面がありませんでした。

 主人公のユジン(チェ・ジウ)は、28歳になっても、婚約者(パク・ヨンハ)とキスすらしない。ユジンが本気の恋をするチュンサン(ペ・ヨンジュン)とも、最終回までキスシーンがなかったのです。

 韓国は儒教の影響が強いため、結婚するまでは男女ともに貞淑であれ、という考え方があるのだろうか……と思いつつ、プラトニックな恋愛ドラマに、それはそれで胸を熱くしたものでした。

 あれから20年。この欄でご紹介した「社内お見合い」(2022年)も、「キム秘書はいったい、なぜ?」(2018年)も、愛しあう2人がついに結ばれる回では、ロマンチックで熱烈なベッドシーンが描かれ、感動が盛りあがりました。

 大胆なラブシーンが増えた理由は、以前のドラマは、テレビ放送で、子どもも見ることができたため控え目でしたが、今はネット配信、かつ、R15+などの年齢制限が表示されること、何よりも人々の意識が変わったのでしょう。

 本作「わかっていても」はベッドシーンが多いのですが、それが恋愛成就のクライマックスではない点に、新しさがあります。家族の歴史が描かれない、派手なドラマ展開がない脚本も新感覚です。

 物語のヒロインは、美術大学の学生ナビ(意味は蝶)。人物像の彫塑(ちょうそ)を作っています。

Netflixシリーズ「わかっていても」独占配信中

 彼女は、交際していた先輩に裏切られて男性不信になり、だからこそ信じられる恋人を求めています。

 そんな彼女は、誰もがふり返るような甘い顔立ちの美男子ジェオンに声をかけられます。彼は同じ大学の学生で、また蝶(ナビ)の愛好家です。

 彼は、馴れ馴れしくナビに顔をよせてきて、肩を抱いたり、手をとったり、じっと見つめて「蝶が好きだ」とささやいたり、優しく思わせぶりな態度で、女心をときめかせます。

 ジェオンはもてる男で、一人の女性と真剣につきあうことはないと聞かされても、ナビは、彼の圧倒的な魅力に抗しがたく、彼のことが頭から離れません。彼の気持ちは愛ではないと「わかっていても」、結ばれます。そして何度も体を重ねます。

 このドラマの魅力は、ヒロインのナビ(ハン・ソヒ)とジェオン(ソン・ガン)という稀代の美男美女のきれいな顔だち、たがいに見つめあう色っぽいまなざし、色白の裸体が、クローズアップで画面いっぱいに映し出される官能的なカメラワークにあります。映像の美しさに惚れ惚れするのです。

 しかしこのジェオンという男は、女子と肉体関係はもちたいけれど決まった恋人はいらない、恋愛はしたくないという不実な男です。ナビに「好きだ」とも「愛している」とも言わずに抱きしめ、欲情の瞳で見つめ、濡れた唇をよせてきます。

 といって、ジェオンは見るからに軽薄な浮気男ではなく、不思議と清潔な雰囲気を漂わせて、いつもナビに気があるそぶりを見せ、どこまでも思わせぶりな男なのです。

Netflixシリーズ「わかっていても」独占配信中

 ナビは、こんなにあいまいな男と一緒にいても心は満たされない、苦しいだけ、別れたほうがいい……。「わかっていても」、離れることができない。不実な美男に恋する女子のもどかしさと葛藤のドラマです。

 「わかっていても」やめられない。それは恋だけでなく、人生でも、よくあります。
 お菓子をやめられない、お酒をやめられない、タバコ、夜ふかし、スマホ中毒、ゲーム、朝寝坊、運動不足の生活、夫婦喧嘩をやめられない……。

 人は理屈だけで生きているわけではありません。どうにもならない自分を抱えて生きていく、それが人間なのです。

 そんな自分への情けなさを噛みしめて、それでも自分の納得のいく自分になりたいと願う心、自分を変えようと前を向こうとする心……。そんなナビの心の軌跡を丁寧に追っていきます。

Netflixシリーズ「わかっていても」独占配信中

 蝶は、美しく、ひらひらと軽やかに飛んでいますが、羽は薄くてもろく、傷つきやすい生きものです。傷つきやすい青春を生きるナビの比喩でしょう。

 一方、物語の結末で、ナビが完成させる彫塑の作品は、若い女性像で、大きな、そして破れた鉄の翼を広げています。
 時に苦しみながらも力強く未来へ羽ばたいていく姿を象徴しているようです。

 このドラマは、ナビの同級生たちや幼なじみの恋の群像劇でもあります。年ごろの彼らには、みなそれぞれに好きな人がいるのです。

 告白できないひそかな片想いもあれば、意地の張りあいもあり、人知れず泣いたり、はにかんだり、恥ずかしい思いをしたり、有頂天になったり、純真な若さがはじけます。そんな初々しいキャンパスの恋模様を見ながら、学生時代の自分の恋や、友人たちの恋を、しばし懐かしく、遠く、追想しました。


松本侑子さんのZOOM講座が開催されます。
金子みすゞ生誕120周年記念、Zoom講座「金子みすゞと詩の王国」
詳しくは公式サイトをご覧ください。
松本侑子ホームページ(カタログハウスのサイトの外に移動します)

予告編

今回ご紹介した作品

わかっていても

Netflixで独占配信中

情報は2023年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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