松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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夫婦の世界

2023/02/20公開

不倫と泥沼愛憎劇のゆくえ

 韓国での視聴率28.4%で、「愛の不時着」を超えた!?と話題になったドラマ。

 そこで見始めたところ、「次はどうなるの?」と引き込まれて視聴が止まらないドラマチックな作品でした。

 ヒロインは中年の女医。彼女は、病院では副院長として同僚や患者の信頼が厚く、家庭では年下のハンサムで優しい映画監督の夫、可愛い息子と、きれいな家で裕福に暮らし、誰が見ても完璧な幸せを手にしていました。

 ところが、ある日、夫のマフラーに、長い茶色の髪の毛を発見。
「もしや、夫は、浮気をしているのでは……?」

 ひとたび疑いが芽ばえると、あらゆることがあやしく思われ、彼女は疑心暗鬼となって苦しみます。ついには不法な手段までつかって、夫の不倫を突き止めます。

 しかし、夫の不倫も、その浮気相手も、周りの人々は知っていて、自分だけが何も知らずにだまされていた衝撃!

 妻は、夫と人々への復讐心の塊となって反撃し、相手を破滅させていきます。

 しかし夫も黙ってはおらず、後半は夫からの復讐劇。
 お互いに「やられたら、やりかえせ」とばかりに壮絶な報復合戦となり、泥沼の愛憎劇が続くのです。

 それぞれが常軌を逸した異常な行動に突き進み、時には犯罪にも手を染めます。
 かわいそうなのは、そんな両親に巻きこまれる息子。思春期の息子は傷ついて、危ない方へ。

 信じられないような波乱の展開はネタバレになるので、ドラマでご覧頂くとして、痛感したのは、別れることのむずかしさ。

 私は若い頃に失恋して、数年間、落ち込んでいました。別れの悲しみやつらさを冷静に見つめるために、『別れの美学』という失恋論のエッセイ集を一冊書いて、そのおかげで立ち直ることができました。

 好きな人や配偶者と別れる、ということは、過去の幸福な記憶との別れです。容易ではありません。執着や未練を捨てて、新しい未来へ歩きだす勇気がいるのです。

 ところが、このドラマの夫婦は、別れが下手なのです。
 自分を傷つけた相手に、いつまでも憎しみという名の愛着を持ち続けています。

 憎しみとは、形を変えた醜い愛着なのです。相手に執着、未練があるのです。

 その執着を断ち切るために、もう会わなければいいのに、また会っては罵りあい、傷つけあう人間の愚かしさ、哀しさ。その果てに、二人が手にしたものは……。

 これは英国BBCの人気ドラマ「女医フォスター 夫の情事、妻の決断」(2015年)を韓国でリメイクしたものです。

 原作をAmazonプライムで視聴すると、英国版は、セクシーな大人の会話と濡れ場が多く、かつイギリスらしい大人の心理劇です。

 韓国版は、登場人物それぞれのキャラクターも、激情の演技も、際立っていました。演出もメリハリがきいています。結末は英国版とは異なります。

 夫に裏切られる女の怒りと絶望、信頼していたすべてを失って狂気にも近づいてく妻を、キム・ヒエが情感豊かに演じて、百想芸術大賞テレビ部門・女性最優秀演技賞を受賞しています。

 不倫夫のずるさ、情けなさ、優柔不断なダメ男っぷりを徹底的に演じたパク・ヘジュンの役者魂にも敬服。

 妻子ある男を略奪をする若い女は、ドラマ「わかっていても」でご紹介したハン・ソヒ。冷静で、高慢で、たくらみのある美貌の悪女がはまり役です。

「愛の不時着」で、北朝鮮の気弱な盗聴係「耳野郎」を演じたキム・ヨンミンが、正反対の女好きな色男役を好演。色々な意味で目が離せないエンタメ作品です。

 この激しいドラマから得た教訓は、「仕返しはしない。苦手な相手からは離れて、自分が楽しく生きることに専念して、幸せになろう」、この一点です。


松本侑子さん企画・同行解説のカナダ『赤毛のアン』ツアーが実施されます。
詳しくは公式サイトをご覧ください。
松本侑子ホームページ(カタログハウスのサイトの外に移動します)

今回ご紹介した作品

夫婦の世界

以下の配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Netflix/U-NEXT/Hulu/ABEMA/Paravi/ABEMA/TELASA/FOD

情報は2023年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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