松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~

2023/03/17公開

ロマンス×サスペンスで世界的な人気作

 韓国を旅行すると、お食事は本場の焼き肉や、すき焼き風のプルコギ、鶏を丸ごと煮込んだサムゲタン、美しい盛りつけの宮廷料理、またランチにはビビンバや冷麺といった定番の料理をおいしく頂きますが、何度か行くうちに、ふつうの家庭料理を食べてみたいと思います。
 そこで知り合いの編集者さんに、オモニ(お母さん)の料理を出す食堂に連れていってもらいました。

 テーブルにはたくさんの皿が並び、色々な野菜を使った手作りキムチ、さわやかな酸味のおつゆの白キムチ、肉と春雨の炒め物、チヂミ、ニラの卵焼き、魚の煮物、野菜の和え物、味噌汁風のスープ、珍しいお茶などが出て、おいしく頂きました。
 日本の家庭料理と同じように韓国にも親から子へ、何世代も受け継がれてきた素朴で、栄養豊かな手作りの食文化があることを実感して、すばらしい経験でした。

 本作のドラマ「イルタ・スキャンダル」は家庭料理がとりもつ人と人の縁が根底に流れています。
 主人公チェ・チヨルは、予備校の数学講師です。受験競争が厳しい韓国において、彼は、たくみな指導と美しい姿からスター的な存在の人気講師で、講義はオンライン配信され、参考書はよく売れ、「一兆ウォンの価値を生む男」と呼ばれています。「イルタ」とは、「一番のスター」という意味のようです。

 しかし彼は、多忙な仕事のストレスから食欲不振と不眠に苦しみ、過去のつらい出来事のトラウマもあって、カウンセリングに通い、睡眠薬を常用しています。

 そんな彼が、手作り惣菜店を営む中年女性ナム・ヘンソンが作った家庭料理の弁当を食べたところ、ほっとするおいしさに思わず夢中で平らげ、涙が出るほどくつろいで、その夜は、ぐっすり眠ることができたのです。
 なぜ彼は、ナム・ヘンソンの料理だけは全部食べることができるのか? 実は、そこには過去にさかのぼる秘密があり、少しずつ解き明かされていきます……。

 エニウェイ(とにかく)、食べることは生きることの基本であり、家庭のご飯をおいしく食べることには体と心を癒す大きな力があることを感じさせるエピソードです。
 毎日料理をする者としては、こうした地に足のついた考えの脚本家や演出家が手がけるドラマを信頼するのです。

 惣菜店主の中年女性ナム・ヘンソンは、高校生の姪ヘイを育てています。姪は勉強熱心で、チヨル先生に数学を教わると、やがて先生は、料理上手で明るい叔母のナム・ヘンソンに、ほのかな恋心を抱くようになります。

 ドラマの視聴者は、第一話の冒頭から、ナム・ヘンソンとヘイは母子ではなく、独身の叔母とその姪だとわかっていますが、チヨル先生と世間は、それを知りません。実は明らかにできない理由があるのです。

 そんなこととは知らない彼は、生徒の母親を好きになってしまった、つまり既婚の女性を好きになったことに悩みます。
 さらに、二人の親しさがネット社会で暴露され、有名なスター講師と人妻の不倫、「イルタ・スキャンダル」となっていくのです。

 ドラマの後半は、スキャンダルから、二人のロマンスへ、さらにチヨル先生の周辺に起きる不気味な連続殺人事件の謎ときのサスペンスも加わり、盛りだくさんです。

 このドラマは、韓国の受験競争の激しさ、学歴社会の闇、たとえば、わが子の成績を上げるために、親が試験問題の不正入手といった犯罪に手を染め、子どもに物事の善悪や人間として大切なことを教えるよりも一流大学合格を優先させる異常さ、子どもの成績をめぐる親たちの嫉妬、そうした環境で育つ子どもたちの苦しみや心の歪みも描いています。

 しかし全体を通じて、手作り料理に代表される家庭のぬくもり、叔母と姪が本当の母と娘になっていく愛の歴史、高校生たちの青春と初恋、チヨル先生と中年女性の大人の恋の進展が楽しく、ユーモアと温かみのある名作です。

 惣菜店主を演じたチョン・ドヨンは、映画「男と女」では色気たっぷりの雰囲気のある美女を演じましたが、本作では、化粧気のないひっつめ髪の快活なおばさんを好演。さすがの名優です。

 チヨル先生のチョン・ギョンホは、愛らしい童顔のせいか、40歳近くなった今、ぐっと男ぶりが上がった俳優です。垂れ目の甘い顔だちと優しいまなざしから、「韓国のヒュー・グラント」とも呼ばれているそうです。
 本作では、受験生をはげまし、誠実に向き合う善良な講師を熱演。中年女性を一途に恋する男気と紳士的なふるまいに、心をわしづかみにされます。

 姪の高校生役ノ・ユンソは、デビュー作「私たちのブルース」の高校生で注目された天才肌で、本作でも、多感で、聡明で、落ち着いたまなざしの10代をみずみずしく演じています。

 サブのキャストも豪華絢爛。惣菜店でナム・ヘンソンと一緒に料理を作る親友を演じたイ・ボンリョンは「海街チャチャチャ」の刺身店経営者。教育ママ界の辛辣なインフルエンサー役のキム・ソニョンは「愛の不時着」の人民班長。その教育ママ友のファン・ボラは「キム秘書はいったい、なぜ?」のポン課長です。こうした個性豊かな演技派がまわりに配置され、どのシーンも見応え充分、スタジオドラゴンの製作です。韓国の家庭料理が食べたくなります。


松本侑子さんの最新刊『金子みすゞと詩の王国』文春文庫
詳細はホームページにて(カタログハウスのサイトの外に移動します)

今回ご紹介した作品

イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~

Netflixにて独占配信中

情報は2023年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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