松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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純情に惚れる

2023/09/18公開

経済ドラマ、ラブ・ロマンス、推理サスペンスが混じり合うエンタメ作

 韓国ドラマはジャンルが多彩で、ラブコメ、ファンタジー、時代劇、サスペンス、ホラーなど数々のジャンルがあり、それぞれに面白いのですが、一つの作品に複数のジャンルが組み合わさっていることがあります。

 本作「純情に惚れる」も、敵対的な企業買収の経済ドラマ、甘いラブ・ロマンス、殺人事件を解決する推理サスペンスの三つが混じり合った凝った作品です。

 まず、敵対的な企業買収。
 主人公のカン・ミノ(チョン・ギョンホ)は、子どものころ、父親を病気で亡くします。すると父が経営していた大手化粧品メーカーを、父の弟である叔父が乗っ取り、その裏切りを苦にしたカン・ミノの母親は自殺。
 カン・ミノは、幼くして両親も財産も失い、叔父への憎しみを秘めて育ちます。

 そんな彼は大人になると、米国系金融会社の企業ハンターとして、叔父が会長をつとめる化粧品メーカーに挑戦状を突きつけ、債権買収や株式買収など、あの手この手で、復讐をはかろうとします。

 カン・ミノに立ち向かうのは、この化粧品メーカーで役員秘書をつとめる有能な女性キム・スンジョン(キム・ソヨン)。
 彼女は、愛社精神から彼と対決しますが、彼女が働く化粧品メーカー内で信じていた仲間の裏切りがあり、互いに騙し騙されの激しい攻防戦、土壇場のどんでん返しと、波乱の経済ドラマとして見応えがあります。

 そして、甘いラブ・ロマンス。
 主人公のカン・ミノは、実は心臓の持病があり、余命幾ばくもない身の上でした。
 そんな彼が心臓発作で倒れて意識不明になったとき、ドナーから提供があり、心臓の移植手術をうけて一命をとりとめます。

 そのドナーとは、秘書キム・スンジョンを愛する婚約者マ・ドンウク(チン・グ)でした。刑事の彼は、交通事故のひき逃げで亡くなり、その健康な心臓が、カン・ミノに移植されたのです。

  この先はファンタジーめいてきますが、移植をうけた人が、臓器提供者の性格や記憶を持つようになる……という仮説「細胞記憶」にもとづいて、ドラマは進んでいきます。

 これは、記憶は脳細胞だけにあるのではなく、ほかの臓器の細胞にもある、という考え方です。
 医学的には否定されていますが、現実に、心臓と肺の移植をうけた米国人の女性クレアが、手術後から食べ物の好みや性格が激変し、さらに夢にティムという若い男性が出てくるようになります。
 調査すると、臓器提供者は、本当にティムという若い男性であり、移植後の食べ物の好みと性格は、ティムと一致していたのです。この不思議な経験を、クレアは本に書いたようです。また同様な報告は、色々とあるそうです。

 この「細胞記憶」と呼ばれる現象が、心臓移植をうけたカン・ミノにも起きて、心臓の提供者ドンウクの記憶を持つようになります。
 つまり、カン・ミノは、対決している秘書キム・スジョンのことが、なぜかしら愛しい女性に思われてきて好きになり、自分でも動揺します。

 キム・スジョンも、冷酷な敵対者カン・ミノが、亡き婚約者と同じ優しい仕草をするようになり、彼のことが気になります。
 この二人の敵対心が恋愛へ変わっていくプロセスに、甘いときめきが盛りあがるのです。

 そして三つ目の殺人推理サスペンス。
 実は、キム・スジョンの婚約者ドンウクは、ひき逃げで死亡したのではなく、殺人事件の被害者でした。彼の心臓をもらったカン・ミノは、ドンウクが殺されたときの記憶がよみがえるようになり、犯人が誰なのか、突き止めます。
 しかし「細胞記憶」は医学的には実証されていないため、警察でも、裁判でも、もちろん認められません。
 そこで、死んだ刑事ドンウクの同僚だった仲間の刑事たち、さらにカン・ミノ、キム・スジョンが力を合わせて、事件の謎をといていき、驚きの真犯人が逮捕されます。

 少し昔風のドラマですが、経済ドラマ、ラブ・ロマンス、推理サスペンスの三つが複雑にからみあうドラマを書いた脚本家も、監督した演出家も見事であり、優れたエンタメ作品です。

 私は「イルタ・スキャンダル」でチョン・ギョンホ沼にはまり、彼の出演ドラマを続けて紹介しました。一人の俳優の作品を連続して見ることで、役者としての成長、若い青年から大人の男性へ成熟していく人生も垣間見ることができたようで、大きな喜びでした。

 このドラマでは、冷酷な企業ハンターのカン・ミノが、人間の体と心の弱さを受け入れるようになり、何かを愛する気持ち、それは家族への愛だったり、同僚への仲間意識だったり、愛社精神だったり、さまざまですが、とにかく人が、自分にとって大切な何かを愛する気持ちを理解するようになり、そうした純情、純真な心、真心というものを、冷笑せずに尊重するようになる。そして自分も純情な男性に変わっていく……その変化を演じわけたところに、見応えがあったように思います。


Zoom講座「謎とき『アンの娘リラ』」2023年10月21日(土)13時~14時半
詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

純情に惚れる

全国レンタル店や動画レンタルサービスで有料視聴できます。

情報は2023年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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