松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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医師チャン・ジョンスク

2023/09/26公開

人生の後半生に、新しい目標と勇気と元気をもって進む

 最近、「人生二毛作」という言葉を聞きます。後半生に新しい目標を持って生きる、ということです。
 私自身も中高年となり、これからの人生をどのように生きようか、考えるようになりました。

 ドラマ「医師チャン・ジョンスク」は、中年女性の後半生の生き直しの物語です。

 ヒロインのチャン・ジョンスクは、裕福な医師の妻です。
 夫は大学病院の教授で外科部長、二人いる子どものうち長男は医者、娘は受験生で、子育ては、ほぼ終わりつつあります。

 実は彼女は、もともとは医学部の学生でした。
 しかし学生時代に妊娠したため、医師の国家試験には合格したものの、結婚して家庭に入り、医者としてのキャリアはほとんどないまま、家庭に入り、母親として、内助の功の妻として生きてきたのです。

 そんな彼女は、肝臓病になり、臓器移植が必要となりました。
 幸い、夫の肝臓が移植できることがわかって喜んだのもつかの間、夫は、自分の健康な肝臓を切って妻にわたすことを渋り、結局、別の人の肝臓で一命をとりとめます。

 ヒロインは、夫の自分への愛情をいささか疑いつつも、病気が治って新しい命をもらった後半生の人生は、このままでいいのか、考えるようになります。

 そして五十歳を前にして、もう一度医者になろうと決意します。

 新しい医学知識を勉強して、試験を受け、若い研修医と肩を並べて働く日々……。
 忙しくても、彼女はどんどん明るくなり、生き生きと、溌剌と変わっていきます。
 しかも若くて美男子の医師から、好意を寄せられます。

 面白くないのは、古風な考え方の夫です。

 妻が、自分が働く大学病院で、インターンとして、楽しそうに働いているのです。
 韓国は夫婦別姓のため、夫と妻は名字が異なり、自分から言わなければ夫婦だとは、誰もわからないのです。

 実は、この夫は不倫をしていて、別の家庭も持っています。

 ちなみに、ヒロインの名前ジョンスクは、漢字では貞淑。
 彼女は、夫や古い家庭のあり方に貞淑に生きるのか、それとも自分の夢に貞淑に生きるのか……。最後まで目が離せません。

  このように書くと、シリアスなドラマのようですが、ユーモア満載のラブコメです。

 とくに、妻と愛人の二人の女性が気になって、どっちつかずの優柔不断な夫役キム・ビョンチョルの大げさな滑稽な演技が、大爆笑もので、本当におかしい。

 さらに主役は女優オム・ジョンファさんのコメディのセンス!

 オム・ジョンファさんは、「韓国のマドンナ」と呼ばれるスター歌手であり、また若いころは「ラブコメの女王」としてドラマや映画に大人気でした。

 昔の傑作ドラマ「彼女はラブ・ハンター」(オ・ジホと共演、2007年)、映画「ミスター・ロビンの口説き方」(ダニエル・へニーと共演、2006年)も、本作も、オム・ジョンファさんの明るい演技が光っているのです。

 そしてオム・ジョンファさん自身、2010年に甲状腺ガンで手術をうけ、しばらく仕事を休んでいましたが、治癒して、華々しく復帰したのです。

 大病をしてから、人生の後半生にむけて新しい目標を見つけて挑戦していくドラマのヒロインと、元気になった五十代のオム・ジョンファさんの姿が重なるようで、このドラマは、ユーモア満載であると同時に、人生を誠実に生きるとはどういうことなのか、その答えをじっくりと教えてくれます。勇気と元気をもらえるヒューマンドラマです。

今回ご紹介した作品

医師チャ・ジョンスク

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2023年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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