松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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コッソンビ(イケメンの士)熱愛史

2023/12/7公開

王位継承者の謎をめぐる陰謀と剣術、青春時代劇

©2023 APOLLO PICTURES & PAN ENTERTAINMENT All Right Reserved

 物語の舞台は、二花院(イファウォン)という宿。
 この家は、もともとは貴族階級・両班(ヤンバン)ですが、父も母も亡くなり、令嬢のユン・ダノ(シン・イェウン)が、生きるために宿屋を営んでいるのです。

 宿に滞在する客は、都に科挙(官吏の試験)を受けにくる士人(しじん)たち。
 士人とは、教養と身分のある人物をさし、韓国語で「ソンビ」と言います。

 ある春、この宿に、三人の見目麗しく若い士人「ソンビ」が集まり、滞在します。

 ドラマのタイトルにある「コッソンビ」とは、花のように美しい士人「ソンビ」という意味です。

 そこで、この作品は、令嬢ユン・ダノと、三人のイケメンが織りなす恋愛ドラマなのかと思いきや、意外や意外、硬派な時代劇でした。

©2023 APOLLO PICTURES & PAN ENTERTAINMENT All Right Reserved

 この宿に暮らす若者三人の顔ぶれは、まず一人目は、武官をめざすカン・サン(リョウン)、剣術の達人です。

 二人目は、桃色や水色のきれいな服を着て、昼間から博打や芸妓遊びをする軟派なキム・シヨル(カン・フン)。

 三人目は、文官をめざして書物を読む品のいい秀才肌チョン・ユハ(チョン・ゴンジュ)。

 このように、宿ではのどかな日々ですが、王宮と都では、深刻な問題が巻きおこっていました。

 というのも今の国王は、自分の兄である前王を殺害して玉座についた後ろ暗い過去があるのですが、殺した兄の遺児であるイ・ソルが成長して都に来ている、という噂がゆきかっているのです。

 正しい王位継承者はイ・ソルであり、王宮内には、悪政をする今の国王を廃して、イ・ソルを王につけようとする反対勢力が隠れています。

 そこで国王とその部下たちは血眼になってイ・ソルを探して、殺そうとします。

 一方、宿屋のユン・ダノは、亡き父の借金のかたに、わが家「二花院」を渡すように言われますが、借金を返す代わりに、宿屋という職業をいかして、イ・ソルを見つけて、協力することになるのです。

 王位継承者のイ・ソルを探すヒント。
 それは、イ・ソルのそばには、彼の身を守る剣豪がいつも付き従っていること……。

 果たして、イ・ソルは、誰なのか? 
 三人のコッソンビのなかに、いるのか?
 イ・ソルを守る剣豪とは、いったい誰か?

©2023 APOLLO PICTURES & PAN ENTERTAINMENT All Right Reserved

 ドラマは、その謎を追う形で進んでいき、謎が謎を呼んで、目が離せません。

 というのも、この三人のコッソンビには、それぞれに出生の秘密や、表沙汰には出来ない影の仕事や反権力活動をしていることがわかり、あっと驚く意外な方向へ展開していくのです。

 しかもこの三人は、まったく偶然にこの宿に集まったかに思われたのですが、実は、運命の糸で結ばれていたこともわかり、圧巻です。

 このように本作は、王位継承者をめぐる陰謀と権力闘争を描いた剣術シーン満載のドラマであり、そこに若いコッソンビたちの初々しい恋も描かれます。

 興味深いのは、兄を殺して王位についた今の国王は、自分の権力と既得権益を守るためだけにまつりごとをしていること。
 それに反対する勢力は、民のためのまつりごとを求め、実現しようとしていること。

 その対立には、政治はどこを向いて行われるべきか、という普遍的なテーマが込められています。

 また、自分ではどうすることもできない宿命と時代の制約をうけて生きる男と女が、その枠を勇気をもって乗りこえ、自分で自分の生き方を考え直し、生き方を変える決断も感動的です。一筋縄ではいかない凝った脚本です。

 またこの結末は、新しい男の姿を描いています。
 それは、地位や権力を追い求めない男、自分の価値観で自分の幸せを見つける男です。従来の野心満々な上昇志向の男ではありません。そこに、韓国ドラマの新たな地平線を感じた次第です。

©2023 APOLLO PICTURES & PAN ENTERTAINMENT All Right Reserved

 このドラマは、NHK BSで2023年7月から10月、「コッソンビ~二花院の秘密」というタイトルで放送されました。

 コッソンビの一人、キム・シヨルを演じた俳優カン・フンさんの初ファン・ミーティングが2023年10月、東京都内で開かれ、行ってきました。

 カン・フンさんは、タイムスリップドラマ「いつかの君に」で、純朴で心優しい高校生チョン・インギュ役を、本作「コッソンビ熱愛史」では、表と裏の顔があり、その二面性に苦悩する難しい役どころを好演しました。

 本作「コッソンビ」について、カン・フンさんは、自分は左利きだが、決闘シーンは相手があるため右腕で行う必要があり、右腕を強化する訓練をしたこと、最初は代役をたてたが後半の殺陣シーンは自分で演じたことなど、撮影の工夫を話してくれました。

 そうしたインタビューに答えるときのカン・フンさんには、まだ少年のような愛らしい表情でした。その一方で、来場者全員にしてくださったハイタッチのときは、情感豊かな、深いまなざしが印象的でした。

 今後もいい役を演じて、俳優として大成されることを祈って、会場を後にしました。


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今回ご紹介した作品

コッソンビ(イケメンの士)熱愛史

配信
Prime Videoで独占配信中

情報は2023年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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