松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

無人島のディーバ

2024/1/4公開

家庭内暴力から逃げた女子の成長、家族の再生

Netflixシリーズ「無人島のディーバ」独占配信中

 この作品で主人公を演じるのは、パク・ウンビンさん。

 ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」で、自閉症の弁護士という難しい役どころを演じて、百想芸術大賞を受賞した実力派の女優です。

「無人島のディーバ」は彼女の最新作ということで、興味をもって拝見しました。

 このドラマのヒロイン像も、独特です。

 主人公は、島育ちの少女ソ・モクハ。
 彼女は、酒乱の父親の暴力に耐えかねて家出。歌手をめざして、ソウルへ船でむかう途中、追いかけてきた父親から逃げるため、船から海に落ちて、無人島へ流れ着きます。

 そうして15年間、無人島で暮らすのです。
 食糧は、野生のイモや木の実、海でとる魚や貝。そうして孤独に生きていたところを発見され、31歳の彼女は、大都会ソウルへ出ていきます。

Netflixシリーズ「無人島のディーバ」独占配信中

 このドラマは、無人島のサバイバル生活を描くのではなく、孤島から都会にやって来て、ディーバ(歌姫)になろうとする女性の成長、初恋、そして家族の再生の物語です。

 彼女は10代から20代、つまり人が社会性を身につける時期に無人島にいて、誰にも会わなかったため、お世辞、社交辞令、遠慮といった世俗的な知恵がありません。

 その代わりに、人と真正面からむきあう勇気、さらには動物的な直感で、相手の本質を見抜く力もあります。

 そんな一風変わった素朴な女性が、夢の実現をめざしてくいく姿を、パク・ウンビンさんが明るく演じています。

 そして歌唱力!
 ヒロインは歌手志望ですから、歌唱のシーンが多いのですが、吹き替えではなく、ウンビンさん本人が歌っているのです。

 透明感のある声、のびやかな高音、豊かな声量、たくみな表現力は、圧巻です。
 パク・ウンビンさんには、表現者として天性の才能があるのはもちろん、あの歌唱力は独力のたまものだろうと感心しました。

Netflixシリーズ「無人島のディーバ」独占配信中

 このドラマは、家庭内暴力という社会の暗部も描きます。

 父親の暴力から逃げて来たのは、主人公の少女モクハだけではありません。

 同級生の少年チョン・ギホも、父親の壮絶な暴力から、家族もろとも逃げて、モクハと心を通わせます。このチョン・ギホがモクハによせる献身的で一途なまごころも、見どころです。

 さて、このチョン・ギホの父親は、もともとは警官で、外では、理性的な大人として振る舞っています。しかし家では、暴言と暴力で、家族を支配します。

 この父親は、自分は「家長」だと語っています。
 つまり、家父長制の意識=家長や戸主は家族を所有していて支配できる、という考えがあり、それが妻や子どもへの暴力につながっているのです。

 韓国は、戸籍制度を、2007年12月31日に廃止しました。戸主も廃止されました。
 2008年1月1日からは、戸籍はなくなり、個人で登録するシステムに変わったのです。

 つまり家族主義、男性中心主義から、個人主義への大転換が行われたのです。

 もともと韓国では、夫婦別姓です。
 これは儒教の影響で、夫も妻も、それぞれの祖先から受けついだ名字を大切にするために、同姓にはしないそうです。

Netflixシリーズ「無人島のディーバ」独占配信中

 このドラマの時代設定は、2022年~2023年ごろのようです。
 モクハは15年前に家出をしています。15年前とは、2007年~2008年。

 ちょうど戸籍制度から個人登録という歴史的な転換期に、ヒロインは、毒親から逃げ、新しい人生へむかったのです。

 そこに象徴的な意味合いがあります。
 このドラマは、血縁の家族から、思いやりと愛情で結ばれた家族への再生を、サブ・テーマにしているのです。

 といって、暗い作品ではありません。
 アイドル歌手に扮したパク・ウンビンさんの可愛らしさ、圧倒的な歌唱、初々しい恋のときめきを楽しんでください。

Netflixシリーズ「無人島のディーバ」独占配信中


松本侑子さんの新刊『アンの娘リラ』(モンゴメリ著、松本侑子新訳、文春文庫)が発売中です。詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

無人島のディーバ

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2023年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ