松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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まぶしくて~私たちの輝く時間

2024/2/15公開

女の一生と老い、ありふれた日常の小さな輝き

U-NEXT配信中
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 説明がむずかしい名作です。昨年見た韓国ドラマのベスト・スリーに入る凄さですが、後半の大ドンデン返しに本作が傑作となる仕掛けがあるため、その部分をお伝えできないのです。

 ちなみに小説には、純文学とエンターテイメントがあります。どちらがいい、どちらが面白い、という違いではなく、文体や構成に違いがあります。また読者の好みも分かれるでしょう。

 このドラマ「まぶしくて~私たちの輝く時間」は、女の老いと一生を主題にした純文学のような作品です。

 ドラマの冒頭で、主人公の女の子キム・ヘジャは、不思議な腕時計を手に入れます。時計の針を逆にまわすと、現実世界の時間を巻き戻すことができるのです。

 その代わりに、巻き戻した分だけ、自分の年齢が進んでしまい、ヘジャは人よりも早く背が伸びて成長します。それに気づいて、時計の使用をやめます。

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 月日が流れ、25歳の若い女性となったキム・ヘジャ(ハ・ジミン)は、アナウンサー志望です。彼女は、同じくマスコミ志望で新聞記者をめざす美男子イ・ナムジュ(ナム・ジュヒョク)と知り合い、互いにほのかな好意を抱きます。

 ところが、ヘジャの父が交通事故で死亡。ヘジャは時間を巻き戻そうとして、例の腕時計で過去にもどり、必死になって事故を防ぎ、父の命を救います。  しかしそのために、ヘジャは年を重ね、70代の女性(キム・ヘジャ、役名と同名)になったのです。

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 この不条理。まるで、ある日突然、男が巨大な虫に変わったカフカの小説『変身』のような不条理さ、やるせなさです。  しかし私たちは、突然ではないにしろ、いつかは70代になるのです。

 老人になったヘジャは、両親と親友には、自分は25歳のヘジャだと伝えます。一同は、初めは驚きつつも、70代のヘジャを、25歳のヘジャとして受け入れてくれます。

 一方で、ヘジャは、美男子のナムジュには、打ち明けることができません(女心の愛しさよ)。
 そのため、彼の目には、一人のおばあさんにしか見えず、何の興味もよせてくれません。老いて、好きな異性から相手にされない哀しさ。

 さらにヘジャは老眼になって字が読めなくなり、膝が痛くて階段がのぼれず、走ると息切れがして、体の変化にも、がく然としてます。
「心は若いままなのに、体だけが年老いていくのよ!」というヘジャの叫びは、身につまされます。

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 しかしドラマの後半、これまでの全話がひっくり返される一大転換があります。

 この大転換により、なぜヘジャが、死に物狂いで父の交通事故を防ごうとしたか、その理由がわかります。タイムスリップや腕時計など、ドラマ前半のできごとには、実は伏線がはられていて、その理由が後半で解き明かされるのです。

 ドラマの最後に、若いヘジャが、最愛の人ナムジュと再会して涙ながらに抱き合うシーンにも、深い意味が込められています。

 ネタバレを防ぐために、奥歯に物のはさまった言い方しかできませんが、このドラマは、結末まで見て、はっと驚き、心が揺さぶられる作品です。

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 1970年代の韓国の流行ファション、言論の自由が弾圧されていた民主化以前の時代の描写も注目です。

 以前ご紹介したドラマ「ナビレラ」が男の老いと生涯を描いたように、本作「まぶしくて」は女の老いと一生を描きます。

 高齢女性に対する韓国ドラマの懐の深さと人間愛、美しい夕焼けを見つめる、そんなありふれた日常の小さな輝きの尊さ、それを文学的とも言える手法でドラマ化した制作者の力量、時間軸が前後するむずかしい役を演じた俳優陣の名演は、賞賛に値します。

 75歳のヘジャを演じたキム・ヘジャ(1941年生まれ)は、2019年、本作の演技により、百想芸術大賞を受賞しました。

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 ドラマのラストで、喜びも悲しみも経験した老女のヘジャが優しく語る言葉を紹介します。

  私の人生は時に不幸だったし
  時には幸せでした
  人生は単なる夢にすぎないと言うけれど
  それでも生きられてよかったです
  朝の刺すような冷たい空気
  花が咲く前に吹く甘い風
  夕暮れ時に漂う夕焼けの匂い
  どの日もまぶしく輝いていました
  今の生活が苦しいあなた
  この世に生まれた以上
  そのすべてを毎日 楽しむ資格があります
  平凡な一日が過ぎて
  また平凡な日が訪れても
  人生には価値があります
  後悔ばかりの過去や
  不安だらけの未来のせいで
  今を台なしに
  しないでください
  今日を生きてください
  まばゆいほどに


松本侑子さんの新刊『アンの娘リラ』(『赤毛のアン』シリーズ最終巻、モンゴメリ著、松本侑子新訳、文春文庫)が発売中。詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

まぶしくて~私たちの輝く時間

配信
U-NEXTほか
放送
WOWOWオンデマンド

情報は2024年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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