松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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九尾の狐とキケンな同居

2024/4/9公開

古い妖怪伝説にもとづいたファンタジー・ラブ・コメディ

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 主人公は女子大学生のイ・ダム(イ・ヘリ)。何事にも物怖じしない明るくて積極的な現代っ子です。

 彼女は、通りで、たまたま一人の男性シン・ウヨ(チャン・ギヨン)にぶつかった弾みで、彼の口から飛び出してきた赤く光る玉を、つい飲みこんでしまいます。

 実は、この男は人間ではなく、九つの尻尾がある狐「九尾(きゅうび)の狐」で、若くて美しい男に化けていたのです。

 主人公のイ・ダムは、彼の正体が「九尾の狐」と知ると、驚いたものの、すぐに、なるほどと理解します。
 ドラマ後半でも、別の大学生が、「九尾の狐」の話をきくと、ああ、あの人間の肝を食べる狐だねと、わかっています。

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 どうやら韓国では、「九尾の狐(韓国語でクミホ)」は、それなりに知られた存在のようです。ちなみに、女優シン・ミナ主演のドラマ「僕の彼女は九尾の狐」(2010年)もあります。

 そこで調べてみると、「九尾の狐」は、古くから中国に伝わる伝説上の生きもので、中国の古典の影響により、韓国、日本など、アジア各地に様々な物語が伝わっています。

 辞典によると、本来は、名君がおさめる平和な世に姿をあらわすめでたい霊獣です。

 しかし時代がくだるにつれて、人間の肝や心臓を喰らい、変幻自在に姿を変えて人をだまして命をうばう妖怪へ変わっていきます。

 日本では、平安時代の書物に妖獣として書かれ、江戸時代には、悪ものとして退治される「九尾の狐」が多くの浮世絵に描かれています。
 一方、小説『南総里見八犬伝』では、善良な九尾の女狐が登場します。

 韓国では、九尾の狐は、何百年も生きて、人の肝を食べながら、人間になりたいと願う物語や民話があるようです。

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 このドラマ「九尾の狐とキケンな同居」の狐は、おん年999歳。

 1000歳になると、人間になれないため、どうにか願いを叶えたいと焦っています。狐の玉が、人の精気を吸って赤色から青色に変われば人間になれると、彼は信じています。

 そんなとき、自分の玉が、元気な女子学生イ・ダムの体に入ったのですから、これ幸い、彼女の精気を玉に吸わせて早く人間になろうと、同居生活を始めるのです。

 つまりイ・ダムは、自分のエルネギーを玉に吸いとられてしまい、いつか弱って死んでしまうのですが、狐のシン・ウヨは黙っています。イ・ダムにとっては「キケンな同居」なのです。

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 やがて一緒に暮らすうちに、シン・ウヨは、明るいイ・ダムに惹かれていき、彼女をだましていることに苦悩します。

 こうした良心の呵責は、動物というより、まさに人間らしい感情です。

 一方、イ・ダムも、年上の狐に好意をもつようになります。

 妖怪のシン・ウヨは、なかなかに魅力的な男なのです。

 999歳の彼は、およそ千年前に生まれて、高麗時代、李氏朝鮮時代に、朝廷の役人や武官をなど、位の高い人物として生きたきた男であり、品格があります。

 16世紀、豊臣秀吉による朝鮮出兵のとき、鎧兜に日本刀をもった日本のさむらいが朝鮮にきて村人を殺すと、シン・ウヨは武官として勇敢に戦います。

 そのとき、命を助けた村の美しい娘と心から愛しあうものの、彼女は、彼の狐玉に精気を吸われて衰弱死した悲恋と悔恨も経験しています。

 そして現代では、歴史にくわしい強みを生かして、大学で歴史学の教鞭をとり、ハングル文字ではなく漢字の古文書を使って教えます。朝鮮史の誤解と真実に関する本も著し、なかなかにインテリな男なのです。

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 かと思えば、道術をつかって変身したり、瞬間移動したり、お茶目な姿も見せます。
 このドラマは、狐が人間になろうとする物語を、古い伝説をもとに、ロマンチック・コメディとして、また女性が肝臓をとられて殺される連続殺人事件のサスペンスとして、さらにイ・ダムの友人たちが恋をするキャンパス恋愛ドラマとして描いたユニークな作品です。

 九尾の狐を演じた俳優チャン・ギヨンは、前半は、いかにも狐らしく、表情の変化にとぼしいクールな美男役です。

 ところが、イ・ダムを愛するようになり、人間的な感情が深まるにつれ、笑い声をあげ、慈愛のまなざしでイ・ダムを見つめます。
 この演じ分けの変化、彼の神秘的な美貌は、見どころです。

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 女子大学生イ・ダムも、前半はギャル的な衣裳と軽い口調ですが、やがて狐のシン・ウヨを人間にしてあげたいと真剣に願うようになると、獣と人間の根本的な違いは何か、その答えを常に考えます。

 さらに彼女は、自分が人間として誠実で立派な人格であるか、自問自答するようになり、彼女の衣服と物ごしは大人びていき、成長していきます。

 そうした衣裳や演出の気配り、妖怪のファンタジックなCGと効果音、時代劇衣裳の美しさ、コメディの愉快さ、奇想天外な脚本をもとに、丁寧につくられた良作です。

 それにしても、日本は、明治維新によって、江戸時代までは庶民にも広く知られていた儒学の「論語」や中国の古い伝説が、明治以後は一般的ではなくなってしまったように思われます。「九尾の狐」の伝説も、現在の日本ではあまり知られていません。その意味でも、「九尾の狐」のドラマは興味深く思われます。


2024年10月13日~10月19日、『赤毛のアン』と『青い城』の舞台を旅する秋紅葉のカナダツアー。詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

九尾の狐とキケンな同居

U-NEXTで配信中

情報は2024年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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