松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ジンクスの恋人

2024/9/30公開

予言力のある巫女と若者のファンタジー&ロマンス

© 2022 Victory Contents Co., Ltd.

 今回ご紹介する作品は、ソヒョン×ナ・イヌ共演(W主演)のファンタジー&ロマンス「ジンクスの恋人」(2022年)です。

 韓国ドラマは「ビビンバ方式」が多く、複数のジャンルが混じり合っているため、本作も、単純なファンタジーと恋愛ではなく、財閥一家の出生の秘密、財閥兄弟の骨肉の争い、犯罪組織の抗争についての謎が謎を呼ぶかたちで進んでいきます。

 主人公は、大学で経営学を学んで首席卒業した優秀で心優しい男性コン・スグァン(ナ・イヌ)。
 彼は、財閥クムファ・グループ系列のホテルに、就職が決まっていました。

 ところが、この財閥は、重要な経営判断をするとき、未来を予言できる巫女の力を借りて成長してきた秘密があり、さらにそれを隠そうと、巫女の母娘をホテルの特別室に監禁しているのです。

 主人公のスグァンは、監禁から逃げてきた巫女の娘スルビ(ソヒョン)とたまたま出逢い、財閥の秘密を知ったことから、ホテルの就職を取り消されただけでなく、口封じのため、犯罪組織に殺されます。

 幸い、彼の命は助けられ、以後は、名前を変えて、市場の商店街で魚屋を開いて生活します。

 そこへ、また逃げて来た巫女スルビが転がりこんできて、同居と淡い恋が始まりますが、財閥と犯罪組織は、巫女の霊力ほしさに、スルビを奪回しようと、ねらってきます。

 巫女のスルビは、未来の透視だけでなく、相手を凝視して催眠術をかけて自分の意のままに操ったり、命の危機にさらされると時間を止めて危険から脱出する、といった多くの霊力をそなえています。

 その力を、ピンチのたびに発揮して、スリル満載の展開が続きます。

 こうした非現実的な脚本は、役者が下手だと、嘘くさく見えて没頭できないものですが、巫女役のソヒョンがなかなかの演技派で、笑顔の美しさに加えて、平凡に生きられない女性の苦悩と陰影の漂う表情作りも見事です。

 ナ・イヌも、本人と同じ二十代の男性、未来に夢や希望を持ちつつも、現実に翻弄される青年を演じて、役者としてのうまさが、際立ちます。

 もっとも、少女時代の歌手で女優のソヒョンとのキスシーンで、つい満面の笑みがこぼれるのは、演技ではないのかもしれません……。

 本作は、青年スグァンと巫女スルビの恋、巫女の母娘の女の物語、財閥の父子の男の物語、そして市場で小さな商店をいとなむ人々の人情物語、という四つのドラマが楽しめます。

 どちらもKBS系列の放送のせいか、時代劇「王女ピョンガン 月に浮かぶ川」(2021年)年の主要キャストと重なっています。ナ・イヌをはじめ、七人くらいが一致しているのです。

 時代劇「王女ピョンガン 月に浮かぶ川」で、古風な衣裳を着てカツラをかぶっていた俳優が、現代劇では、こんなに別人みたいに変わるのか! と、役者の演技力のすごさに驚きました。

 さて韓国ドラマの背景についてもっと知りたいと思い、新刊『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』(金光英実著、NHK新書)を読んでみました。

 この本は、「冬ソナ」に始まる韓国ドラマの歴史から、日本と似ているようで異なる韓国の社会と文化、たとえば財閥、超学歴社会、食習慣、人づきあいにおける厳しい上下関係、ジェンダーと家父長制などを解説しています。著者は、韓国に暮らしているドラマと映画の字幕翻訳者のため、人気ドラマを例にして紹介して、わかりやすいのです。

 この本を読んでから「ジンクスの恋人」を見ると、財閥の特権意識、韓国のチキン人気、インスタント・ラーメンを鍋のふたで食べる習慣、犯罪と復讐について、なるほど、そういうことだったのか! と理解が深まりました。


松本侑子さん企画・同行解説の文学ツアー「マルグリット・デュラス著『愛人ラマン』と世界遺産のベトナムツアー」2025年1月9日(木)~1月13日(月)。詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

ジンクスの恋人

配信
Huluにて配信中

情報は2024年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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