松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ヒーラー ~最高の恋人~

2025/11/25公開

1980年代に言論弾圧と戦った若者たちは、どう生きたのか

Licensed by KBS Media Ltd. ©2015 KBS. All rights reserved

 このドラマは、報道の自由、メディアと権力の癒着が、裏テーマになっている硬派な作品です。

 主演はチ・チャンウクさんとパク・ミニョンさんという大スターですから、ロマンチックな恋愛ドラマ、アクション活劇でもあるのですが、メディアの自由度と民主化が隠れたテーマなのです。

 韓国の民主化といえば、1987年に盧泰愚(ノ・テウ)大統領が民主化宣言を行い、翌年の1988年にソウル五輪が開かれたことは、よく知られています。

 つまり民主化宣言の前は、軍事政権や独裁政権であり、市民への弾圧があったことは、いろいろなドラマや映画で描かれています。

 たとえば1980年の光州事件の映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」(ソン・ガンホ主演)。

 この事件は、韓国南部の光州市で、戒厳令に反対する学生や市民のデモに、警察や軍部が発砲して、大勢の死者が出た民衆蜂起です。

 そしてこのドラマ「ヒーラー」では、同じ1980年に、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権による言論弾圧に抗議する五人の大学生が、活動します。

 学生たちは、トラックに素朴なラジオ無線機をつんで、民主化をもとめるメッセージを語り、放送しながら、町を走り抜けるのです。

 もちろん、警察は、この海賊版放送を聞きつけると、パトカーで追いかけてきますが、学生たちは、うまくまいて逃げます。

 この若い五人(男子四人と女子一人)の一体感、使命感、青春の息吹、淡い恋心には、まぶしいものがあります。

 それから時は流れ、1980年に民主化運動をした若者は、21世紀には中高年となり、社会の中枢にいます。

 かつて言論弾圧と戦った若者たちは、その後、どう生きたのか?

 ある者は権力にすり寄ることで新聞社の社長に出世します。

 ある者は、公正な新聞記者として企業と政府の癒着を暴こうとしたために闇に葬られます。

 五人のそれぞれが、数奇な運命をたどっていくのです。

 こうした五人の人生が、ドラマの主演の二人、チ・チャンウクとパク・ミニョン扮する21世紀の若い男女に、大きな影響をおよぼします。これは二世代にわたる物語なのです。

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 主人公は、「ヒーラー」と呼ばれる闇の便利人(チ・チャンウク)。

 彼は、高額の報酬と引きかえに、殺人以外なら、どんな依頼でも応じる伝説的なヒーローです。

 報酬は高額ゆえに、仕事は、表には出せない犯罪がらみの情報や動画といった危ないモノのやりとりを請け負うことが多く、そのために彼自身もしばしば命を狙われます。

 しかしヒーラーは、抜群の運動神経、護身術、武術で、危機を脱して、仕事を完遂します。

 そんな彼に、ある若い女性の身辺を調べてほしいという変わった依頼が届きます。

 その女性は、チェ・ヨンシン(パク・ミニョン)。
 彼女は、小さなネット新聞の芸能記者で、女優の恋愛ネタをさぐるために張り込みをしていますが、仕事ぶりは、まだ素人然として、半人前です。

 ヒーラーは、この女性を調べるために、彼女が働くネット新聞の編集部で働きます。
 名前をパク・ボンスに変え、髪型と服も変装して、職場に入りこんだのです。

Licensed by KBS Media Ltd. ©2015 KBS. All rights reserved

 彼は、ヒーラーとして働くときは、切れのあるアクション、機敏な行動力、賢さ、勇敢さがカッコいい大人の男ですが、新聞社で働くときは、身バレを防ぐために、別人のようにウブで、気弱で、恥ずかしがり屋の男の子になりきって、新米カメラマンとして勤務します。

 俳優チ・チャンウクが、大胆不敵なヒーラーと、怖がりの青年という正反対の男性を演じ分けて、どちらも魅力的なのです。その違いには、なんとも言えないユーモアもあって、思わず笑ってしまいます。

 さて、この若い女性ヨンシンの身元調査を依頼したのは、テレビ局のスター報道記者キム・ムンホ(ユ・ジテ)。

 キム記者は、1980年に民主化を求めた学生たちの弟分であり、かつての学生たちの影響をうけて、気骨のあるリベラルなジャーナリストです。

 たとえば、テレビ局の経営は、大企業の広告収入で成りたっているため、スポンサー企業の不祥事を報じるとき、彼の会社では、微妙に忖度(そんたく)するのですが、キム記者は、忖度も妥協もなく、鋭く切り込んで、報道します。

 そのために会社に居づらくなり、女性記者ヨンシンがいる小さなネット新聞を買い取り、社長として活動します。

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 こうして自由を求める報道記者キム・ムンホ、女性記者ヨンシン、ヒーラーこと新人カメラマンのパク・ボンスの三人は、ある事件をきっかけに、有名政治家のスキャンダルを追うことになります。

 苦労して取材するうちに、女性記者ヨンシンとパク・ボンスに絆と好意が生まれ、さらに今一つ仕事ができなかったヨンシンが、一人前の記者へ、力強く成長していきます。

 しかし三人の仕事は、当然、裏の権力から妨害工作を受け、命の危機にさらされます。

 たとえば1980年には言論の自由を求めた学生だった男が、今や権力側にまわり、激しく対決するのです。

 それでもキム記者たちは負けません。

 小さなネット新聞は小回りのきくメディアであり、独自の番組をネットでライブ配信して、大手メディアに対抗して、政治スキャンダルを報じます。

 今はスマホなどの小型カメラで動画を撮影でき、簡単にライブ配信できます。
 こうした技術革新を利用して、小さなネット新聞でも、大手メディアと権力に対抗していくのです。

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 まさしくこのドラマの裏テーマは、報道の自由、メディアと権力の癒着なのです。

 メディアの仕事の一つは、国の三権(立法、行政、司法)を監視して、市民に正しい情報を伝えることで、民主的で自由な社会と暮らしを守ることです。

 それを全20回のエピソードで伝える傑作ドラマと言えましょう。

 チ・チャンウクとパク・ミニョンという人気スターのキャスティングで、すてきな恋愛ドラマに仕上げながら、実は、メディアと権力の癒着、報道の自由を裏テーマにする重厚なドラマを作るあたりに、実際に言論弾圧を経験した韓国のドラマ人の心意気を感じます。

 しかもこれを製作したのは、公共放送局KBSなのですから、なおさら驚嘆するところです。


松本侑子さんが、大阪で『赤毛のアン』を語ります。講座「第2巻『アンの青春』と第3巻『アンの愛情』の魅力と背景」2025年12月5日(金)13時半~15時、朝日カルチャーセンター中之島。詳細は「松本侑子ホームページ」にて。

今回ご紹介した作品

ヒーラー ~最高の恋人~

配信
U-NEXTにて配信中

情報は2025年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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