田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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石子と羽男

2022/09/02公開

珍事件、引き受けます!有村架純×中村倫也W主演のリーガルドラマ

※本文中に内容に関するネタバレを含む表現があります。ご注意ください(編集部注)

 有村架純×中村倫也のW主演、『Nのために』『リバース』『アンナチュラル』『中学聖日記』『MIU404』『最愛』などの新井順子プロデューサー×塚原あゆ子演出、アニメ『TIGER&BUNNY』やNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』などの西田征史のオリジナル脚本ということから、7月期ドラマの目玉の一つとして注目されていた『石子と羽男―そんなコトで訴えます?―』(TBS系)。

 本作のキモは、タイトルにもある「そんなコト」だろう。

 扱うのは殺人事件でもなければ、巨大組織の犯罪でもなく、「カフェで充電していたら訴えられた!?」「小学生がゲームで29万課金!?」「映画違法アップロードで逮捕!?」「電動キックボードで衝突=ひき逃げ!?」「幽霊物件と知らされずに住んで、ノイローゼ気味に!?」など、どれも身近で起こりうる、一見些細なことばかり。発端となるのは、ともすれば今年4月まで放送されていたご長寿番組『バラエティー生活笑百科』(NHK総合)にも登場しかねない事例の数々だ。

 しかし、「そんなコト」に思える些細な出来事の背景には、1日1日を懸命に生きる人々の暮らしがある。だからこそ、「そんなコト」を「そんなコト」で終わらせずに真摯に向き合う人々が本作には生きている。

 有村が演じるのは、東大法学部卒で、司法試験に4回落ちた崖っぷちのパラリーガル・石田硝子。一方、中村が演じるのは、アメリカの大学を中退した高卒&司法試験に一発合格した弁護士、羽根岡佳男。片や「真面目でコツコツ積み上げていく、医師のように頭が固い」ことから「石子」と呼ばれ、片や「羽のように軽やかな性格=羽男」を自称する、一見真逆に見えるバディは、実はある意味似た者バディだ。

 序盤からチラリと見えていた「似た者同士」感は、回を重ねるごとに強まっていく。
「軽やかで、型破りな弁護士」を装う羽男は、実は写真のように見たモノを記憶する「フォトグラフィックメモリー」の持ち主だった。しかし、並外れた記憶力の良さで弁護士になったものの、対応能力に欠け、想定外の事態が起こると思考が停止してしまうコンプレックスを抱いていた。
すぐにテンパり、手が震える羽男を支えるのが、真面目で有能なパラリーガル・石子……かと思いきや、そんな石子にも強烈なトラウマがあった。

 そもそも石子は東大法学部を首席で卒業した頭脳の持ち主なのに、なぜ司法試験に4回落ち続けていたのか。真面目さゆえに緊張しやすく、本番に弱いのかと最初は思ったが、仕事ぶりを見ても緊張しいな様子はない。その理由がわかるのは、第7話。

 継父に虐待され続けてきた少女を救うため、いつになく感情的になり、大人を信用しようとしない少女たちに寄り添おうと必死になる石子。そこで石子は「人生って、些細なことで変わるんです」と言い、自身の過去を打ち明ける。

 それは、初めての司法試験当日、会場に向かう途中、至近距離で交通事故を目撃したこと。以降、司法試験の度にそのときの記憶が蘇り、力を発揮できず、5回目も落ちることが怖くて諦めてしまったのだった。

 思えば本作は、気づく、察する、見守る人々の物語だ。

 第一話ではカフェのコンセントで充電をしていて訴えられた依頼人として登場し、以降、潮法律事務所にバイトで入るなど、石子らと深く関わっていく大庭蒼生(赤楚衛二)。学生時代から先輩・石子に思いを寄せていた彼は、普段はかなりの天然なのに、石子の体調の変化に気づき、黙ってタクシーを手配したり、使い捨てカイロを買って渡したりする。

 一方、石子に突然事務仕事ばかりを押し付け、現場から追い払った羽男も、実は石子の体調不良に気づき、石子の仕事熱心さや強情さを理解した上で、無理をさせないためだった。
石子の父で、潮法律事務所所長の綿郎(さだまさし)は、お人好しゆえに困った人を放っておけず、お金にならない仕事ばかり受けてしまう弁護士だ。そんな綿郎のもとにちょくちょく遊びに来る蕎麦屋の塩崎(おいでやす小田)も、おしゃべりなのに、一目惚れした石子のことは密かに見守っている(相手にされていない)。

 彼らの丁々発止のやりとりは、ときにアドリブの連発に見えるほどで、本作の大きな魅力の一つとなっているが、と同時に目が行くのは、背後で見守る人、気づく人、言葉にならない思いのほう。

 自身も気づいていないところで、知らない誰かに影響を与えてしまうこともある。他者が思う「そんなコト」を軽く流せる人、飲み込める人、忘れられる人もいれば、そこで気づき、つまずき、立ち止まってしまう人もいる。気づくからこそ、不安や苦しみを抱えることもある。

 しかし、「そんなコト」で人生が変わってしまった石子だからこそ、「そんなコト」で人生が好転することもあると信じている。そして、自らがそんなコトを誰かに起こすことができることも。

 これは法を介して人々の暮らしを守りたいと願う人々の、優しい眼差しが注がれたドラマなのだ。

今回ご紹介した作品

石子と羽男

放送
金曜 夜10時(TBS系)
配信
Praviで全話配信中
TVer、TBSFREEで最新話を放送後7日間無料配信中

情報は2022年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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