田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ヒヤマケンタロウの妊娠

2022/09/14公開

斎藤工が男性妊婦に。妊娠を機に変化する心と体、パートナーとの関係をリアルに描く

「男の人が産んでくれるなんて、いい時代になったよねー」
「思わず『私の子なの?』って言っちゃった(笑)」
「それ、男が言うヤツ!(笑)」
 衝撃的なやり取りだが、案外、多くの女性が一度は望んだことがある世界かもしれない。

 これは坂井恵理の同名漫画を原作に据えた、斎藤工×上野樹里主演のNetflixオリジナルシリーズ『ヒヤマケンタロウの妊娠』。「もし男性が妊娠したら?」をテーマに、男女逆転生活やギャップをコミカルに描きつつ、主人公が妊娠を機に、様々な問題に気づき、奮闘しながら成長していく物語だ。

 週刊誌などの「抱かれたい男」アンケート上位常連の斎藤工が「男性妊婦」というギャップもすごいが、設定は荒唐無稽なはずなのに、「我が家の生活、のぞかれてた?」と思うほどのリアリティに引き込まれる。

 主人公・桧山健太郎(斎藤)は仕事も恋愛もスマートにこなすエリート広告マン。「人生をスマートに生きるコツは「全て予測と準備だ」「それを怠らなければ、事は思い通り行く」と信じて疑わない。しかし、妊娠・出産経験のある女性の多くはそれを「甘いな」と感じるだろう。

 なぜなら、人が1人で生きる分には予測と準備でどうにでもなることも、どうにもならなくさせるのが、妊娠・出産だからだ。まして仕事の段取りなどが得意な人ほど、「思い通りにならない」ギャップに振り回され、苦悩するケースが多いのではないか。と同時に、思い通りにならない面白さもあるが。

 桧山はある日、会議中に体調が悪くなり、病院を受診する。様々な検査を経て、医師は告げた。
「間違いないです。9週から10週かなあ……落ち着いてくださいね、あなたは妊娠しています」
 事態が理解できない桧山に医師は「わかりますよ、男性にとって妊娠は他人事ですからね。ゆっくり理解していきましょう」。
 約50年前にアメリカで報告されたという男性妊娠のニュースに桧山は「ぶっちゃけちょっと引いた」「よく産むよなあ、男でも女でも。絶対仕事の邪魔になっちゃうし」と漏らしていたくらいで、恋愛も特定の相手を作らず楽しんできただけに、「タイミング」からフリーライターの亜季(上野)とわかっただけ。

 しかし、理解が追いつかないうちに、乳首は黒くなり、動画で赤ん坊の鳴き声を聞いただけでシャツの胸元が漏れ出た母乳で濡れ(ググると「催乳反射」という現象だとわかる)、狼狽える。ここまで生々しく体の変化を描くドラマはそうそうない。

 さらに、「産みたいと言ってくれたら、私は産まなくても子どもを持てる」状況を、よく考えたら恵まれていると言う亜季の気持ちは、多くの女性が共感するのではないか。なにせ現実問題として、仕事の忙しい女性にとって妊娠・出産は、キャリアを中断させる枷になることが多い。加えて、身体的ダメージは相当だ。
「産みたい方が産むシステムなら良いのに」「相手が産んでくれるなら子どもも欲しいのに」と思ったことのある女性は少なくないのではないか。亜季は堕胎を「一応納得してる」と言うが、実際に体を傷つけて堕胎する桧山は激昂する。
「妊娠させといて、認知してあげる、同意書書いてあげるって、他人事みたい。産むのも堕ろすのも、リスク背負うの、こっちだから!」

「妊娠」を機に、責任感も丸ごと男女逆転するのは不思議とリアリティがある。
 さらにしんどいのは、ホルモンの影響で会議の時間を忘れたり、会社で上の空だったりして、自身の企画の担当をおろされ、「雑用」を押し付けられること。積み上げてきたキャリアが崩れるのは一瞬だが、その悔しさは多くの女性にとって現実のものなのだ。

 しかし、逆に妊婦検診で出会った男性妊婦をきっかけに、初めて「友達」を得る。妊娠を機に、できなくなったこと・狭まったことが多々ある一方で、これまでと異なる視点や世界の広がりもあるのだ。
 さらに、堕胎を踏み留まるきっかけは「仕事」だ。企画が頓挫しそうなとき、桧山は「男性妊婦」の案を提案。妊娠をカミングアウトし、モデルを務めると申し出たことから、一躍「時の人」となるが……。

 改めて注目したいのは、SFやファンタジーなど、荒唐無稽な設定×社会問題の相性・可能性だ。

 例えば、妊娠・出産のテーマでは、待機児童やワンオペ育児など、問題山積みの子育てをRPGの世界で描いた、前田敦子主演ドラマ『よるドラ 伝説のお母さん』(NHK総合/2020年)が先駆けにあった。

 超高齢出産で、産むべきか産まざるべきかの葛藤、身体的リスク、失敗や迷走を描いた小日向文世×竹下景子主演のNHKプレミアムドラマ『70才、初めて産みますセブンティウイザン。』(2020年)も名作だった。

 妊娠・出産にまつわる様々な社会問題を、正面からシビアに描くのではなく、ファンタジー的な世界観にすることで、質感を軽くし、リーチしやすくできる。荒唐無稽な設定だからこそ、普遍性やリアリティが際立ち、胸に刺さる。難度の高い技ではあるが、SF・ファンタジー×社会問題は、ドラマ作りの一つの手法として今後定着していきそうな予感がする。

今回ご紹介した作品

ヒヤマケンタロウの妊娠

Netflixにて独占配信中

情報は2022年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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