田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ちむどんどん 他

2022/10/07公開

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の変遷をたどる

 2022年度上半期、NHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)をめぐり、奇妙な現象が起こっていた。一つは、SNS上で「#ちむどんどん反省会」のタグ付きで批判が日々呟かれ続けた、黒島結菜主演の『ちむどんどん』。「何でもヒロインのおかげのヒロイン至上主義」「ご都合主義」「成長しないヒロイン」「行き当たりばったりの雑な脚本」などなど、9月30日放送の最終回に至るまで批判の声はやまず、それらの声を拾ったスポーツ紙やネットメディアの批判記事も日々量産され続けた。

 その一方で、本放送から16年の時を経て、BSプレミアムで初めて再放送された『芋たこなんきん』が、SNSで関連ワードがトレンド入りするなど、大いに盛り上がりを見せた。これは田辺聖子の半生と数々の著作をベースに描かれた作品で、朝ドラ低迷期と言われる2000年代半ばの2006年下半期に放送されたもの。本放送時には藤山直美が「最年長ヒロイン」ということと、低視聴率ということばかりがメディアに取り上げられていた。しかし、再放送では、複数のプロットが同時に走る緻密な構成や、一貫した人物描写、涙と笑いの絶妙なバランスなどから「傑作」と評価する声が続出。9月17日の放送終了以降、現在に至るまで「芋たこロス」の声が続いている。

 片や批判続出とはいえ、異例の盛り上がりを見せ、片や16年の時を経て初めて正しく評価されたかたちだ。

 それにしても、ここ15~16年の間に朝ドラにいったい何が起こっているのか。朝ドラの近年の変遷から考えてみたい。

 大きな変化のきっかけは、『ゲゲゲの女房』(2010年度上半期)から放送時間が変更されたこと。それまで時計がわりの習慣・惰性として朝ドラをなんとなく流していた視聴者の多くが、能動的に向き合うようになった。

 そして、渡辺あや脚本の『カーネーション』(2011年度下半期)の評判から映画ファンなどがじわじわと注目し始め、宮藤官九郎脚本の『あまちゃん』(2013年度上半期)でこれまで朝ドラを観たことがない層を一気に大量獲得。

 以降、時計がわりではなく、「ドラマ」「作品」として朝ドラを観る人が増えた変化は大きい。

 さらに時代的にも、2008年のリーマン・ショックや、2011年の東日本大震災以降の数々の災害を経て、世の中のムードが一変し、視聴者がドラマに求めるものも変化した。一方、東日本大震災の際にTwitterが大きな役割を果たしたことから、SNSが一気に浸透していった。

 作品として向き合う人が増えたことも、SNSが浸透したことも、それ自体は良い傾向だろう。しかし、その実、朝ドラの楽しみ方に、正の面と負の面が生じていることも否めない。『ちむどんどん』の場合、役者や脚本家に対する個人攻撃は、常軌を逸したものになっていた。「『ちむどんどん』ほど酷い朝ドラを観たことがない」といったつぶやきは多い。

 しかし、程度の差こそあれ、朝ドラにはこれまで「二度と出てこないあのキャラ、どこに行った?」「全部ヒロインのおかげかよ!?」「ヒロインの周りのキャラ、豹変しすぎ」などのツッコミや批判が続出する作品は数多くあった。

 しかし、そうした声はSNS浸透以前は、ネット掲示板の「ドラマ実況」カテゴリー上など、一部マニアの間でのみ水面下で交わされ、役者や脚本家、スタッフなどの耳に届くことはほとんどなかった。逆に、メディアでは世帯視聴率の話とヒロインの若さや可愛さ、愛され具合ばかりが強調され、作品としてまともに批評されることはほとんどなかった。

 しかし、SNSが浸透すると、感想やツッコミを呟く人が増加。視聴者数の多い朝ドラは感想を他者と共有しやすく、1日15分という短尺のため、多忙な人にとっても摂取しやすく、YouTube等の短い動画に慣れている世代にとっても馴染みやすいことが追い風になっている。

 その上、『ちむどんどん』のようにわかりやすいストーリーと、ツッコミどころの多い作品の場合、部分だけ観て論じやすい。おそらく「♯ちむどんどん反省会」をしていた層の中には一部だけ観た人も多数いただろうし、噂で興味を持って怖いモノ見たさで少しだけのぞき見した人、ほとんど作品は観たことなく、「#ちむどんどん反省会」のツイートでわかった気になった人も多数いただろう。

 途中参加も途中退場も容易で、つまみ食いで試食レビューがしやすい「祭り」会場になってしまった『ちむどんどん』。盛り上がった事実の一方、役者や作り手が大きなダメージを負っただろうことは、負の側面と言わざるを得ない。

 その一方で、先の『芋たこなんきん』のように、朝ドラファンの間では高く評価する声が多かったにもかかわらず、メディアで報じ方などの影響で届かなかった声が、SNSによってようやく可視化され、正しい評価を役者や作り手に届けることができた幸せな例もある。 SNSによって盛り上がりつつも、評価の点で明暗がはっきり分かれた2作が示す「朝ドラ」の現在地。今後のあり方・観方を考える上でも重要な2作の同時期放送となったのではないだろうか。

今回ご紹介した作品

ちむどんどん

NHKオンデマンドで全話配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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