田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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エルピス-希望、あるいは災い-

2022/10/31公開

長澤まさみ主演。メディアの在り方を問う社会派エンターテイメント。

 10月期ドラマ最注目作と目されてきた『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ制作・フジテレビ系)の第1話が10月24日に放送された。前評判の理由は、NHK連続テレビ小説『カーネーション』(2011年度下半期)や『今ここにある危機と僕の好感度について』(2021年)などの渡辺あや脚本×『カルテット』(TBS系/2017年)・『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ制作・フジテレビ系/2021年)などの佐野亜裕美プロデューサー(P)×映画『モテキ』(2011年)以来のタッグとなる長澤まさみ主演×大根仁監督という豪華な布陣から。

 舞台は、民放テレビ局。と言っても、描かれるのは、当然ながらバブリーな世界でも、キュンキュンの恋愛やドキドキのサスペンスでもない、骨太な“社会派エンタテインメント”だ。物語の中心となるのは、死刑が確定した連続殺人事件。それを追いかけるのが、スキャンダルで降板した女子アナ・浅川恵那(長澤)と、バラエティ番組の新人ディレクター・岸本拓朗(眞栄田郷敦)、政治部記者の斎藤正一(鈴木亮平)の3人だ。

 冒頭から職場で数々のハラスメントを受けつつも、反論せず、それを後輩の女性社員に咎められる浅川。一方、両親が弁護士という裕福な家庭で育ち、ルックスにも恵まれた拓朗は、ヘアメイクの大山さくら(三浦透子)にある弱みを握られたことから、件の連続殺人事件の真相を探ることに。そして、大山の助言で、かつて冤罪事件を取材していた浅川を頼るのだが……。

 浅川も、拓朗も、彼らを取り巻く環境も、テレビの世界の“嫌なリアリティ”の中で描かれる。これをテレビでやれることに驚かされるが、実現までの道のりが非常に困難だったことは、佐野P及び渡辺の数々のインタビューから伺える。それらで語られているのは、二人の出会いが、佐野PがTBSに在籍中の2016年だったこと。佐野Pが『カルテット』制作中に島根在住の渡辺のもとに何度も足を運んだこと。最初は「ラブコメ」の依頼だったこと。佐野Pが東大法学部に在籍していた(3年時に教養学部に転籍)こともあり、事件や裁判・冤罪に詳しいことを渡辺が知り、冤罪のテーマが出てきたが、TBSでは却下されたこと。後に佐野Pが退社し、実現できるのかもわからないまま脚本が進んでいた中、放送をカンテレがOKしたことで佐野Pがカンテレに入社を決めたことなど……。

 経緯を知って改めて観ると、長澤演じる浅川が言いたいことを飲み込もうとしつつも、飲み込めず、真っ青な顔で何度も嘔吐しそうになってはトイレに駆け込むシーンが、より一層生々しく刺さってくる。かつてはキラキラ、憧れの世界として描かれることが多かったテレビ業界。しかし、現在の「忖度」だらけのメディアのあり方や、その大きな要因とも言える政治、社会に蔓延る問題は、近年、ドキュメンタリー番組やその映画化でずいぶん可視化されてきた。

 例えば、東海テレビ開局60周年記念番組『さよならテレビ』(2020年)や、ローカル局のチューリップテレビが14人の富山市議会議員が辞職に追い込まれた政務活動費不正使用問題のその後を取材した『はりぼて』(2020年)、毎日放送の番組を映画化し、2022年第65回JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞を受賞した『教育と愛国』(2022年)など。

 これらはいずれも非常に秀逸かつ有意義な作品だが、惜しむらくは「ドキュメンタリー番組・映画」を観る層が限定的だということ。そうした中、別の層に届く可能性が広がるのが、やはり「フィクション」だ。例えば、「外国人問題って視聴率とれないんだよね」とテレビ局員が言い捨てるシーンが忘れられない、野木亜紀子脚本の『MIU404』(TBS系/2020年)。

 また、報道は「政府広報」とも揶揄されるNHKが、ドラマでは現代社会への危機感を唱える批評性の高い作品を多数作り出している。その一つが、名門大学で次々と起こる不祥事を描いた、渡辺あや脚本×勝田夏子・訓覇圭プロデュースの『今ここにある危機とぼくの好感度について』(通称『ここぼく』2021年)や、近未来の日本を舞台に「政治」を描いた、吉田玲子脚本×佐野亜裕美プロデュース×制作統括・訓覇圭の『17才の帝国』だ。

 実は『エルピス』は先の渡辺脚本の『ここぼく』より先行してスタートしていたというのも、知ると納得である。そして、「冤罪」をテーマとした『エルピス』が、決して対岸の火事として安全地帯から眺める作品ではないことに改めて気づかされる。

 テレビの世界や政治の世界ばかりでなく、私たち自身が職場の中、社会の中で、空気を読み、衝突を避け、悲しいことや苦しいこと・真実から目を反らし、ふんわりと耳心地の良い言葉だけ受け入れ、見て見ぬフリしてきた、沈黙してきたことのいかに多いことか。そうした積み重ねの結果が「今」なのだ。本作はきっと、「ちゃんと怒ること」「憤りや不快感をちゃんと言葉にすること」の重要性を伝えてくれる作品だ。そして、私たち一人が今の社会を作った「共犯者」の一人として、覚悟を持って本作と向き合い、考え続けていくことが必要なのではないか。

今回ご紹介した作品

エルピス-希望、あるいは災い-

放送
フジテレビ系列で毎週月曜夜10時放送中
配信
FOD、U-NEXTで最新話まで全話配信中
カンテレドーガ、TVerで最新話を1週間無料配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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