田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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拾われた男

2022/11/16公開

自伝をもとにしたヒューマンサクセスストーリー

 俳優・松尾諭の自伝的エッセイを原作とし、足立紳脚本×仲野太賀主演でドラマ化した『拾われた男』(NHK総合)が話題だ。
 これは、6月にNHKBSプレミアムで放送及びDisney+で配信された後、10月11日からNHK総合で放送されているドラマ。

 まず驚かされるのは、仲野の台形っぽい口の開け方や、目の伏せ方、首の角度、姿勢など、松尾諭本人に見えるときがあるほどのそっくりぶり、芸達者ぶり。
 また、風間杜夫、石野真子、草彅剛、伊藤沙莉、薬師丸ひろ子、鈴木杏といったメインキャストたちに加え、有村架純や、松尾が実際に運転手をしていた井川遥、柄本明、ベンガル、塚本晋也、真木よう子、濱田岳らが本人役で登場する豪華さ。

 しかし、それはあくまで表層的な魅力に過ぎない。なぜなら、人との出会いや別れをきっかけに起こる人生の悲喜劇が、絶妙なバランス・テンポでくるくると色味を変えつつ、思いがけない場所に連れて行ってくれる、笑いと涙がギッシリ詰まった物語だからだ。

 物語は役者志望の松戸愉(仲野)が自販機の下に落ちていた1枚の航空券を拾うところから始まる。それは、芸能事務所「FMC」の社長・山村ひろ子(薬師丸ひろ子)の航空券だったことから、松戸は事務所に入れてもらうが、そこはなぜかモデル事務所だった。

 前半では、愉の惚れっぽさと調子の良さ、テキトーさ、愛嬌と強運ぶりの一方で、女性たちのたくましさが目立つ。
「俳優になりたい」と言って上京したものの、具体的イメージはなく、柄本明に憧れているというのも、志村けんとのコントが結構面白かったから程度の理由。 事務所に所属し、曲がりなりにも役者としてスタート地点に立った後も、オーディションでは落ち続ける日々。日頃はお調子者なのに、小心なのか、オーディションでは必ず自分の名前を噛むというダメぶりなのだ。

 しかし、諭の周りには、上京後一緒に住んだモデル志望の幼馴染・杉田(大東駿介)や、レンタルビデオ店のバイト仲間で、映画監督を目指す塚本(要潤)、お笑い芸人志望の中田など、夢追い人たちがいる。
 それに対して、「使い道」もわからないのに愉を拾った社長(薬師丸)や、厳しくも優しいマネージャー・日立(鈴木杏)、フロアリーダー・山下(安藤玉恵)や挙動不審のオタク女子・吉ムラ(北香那)など、愉をドヤしたりおちょくったりしつつも恋と夢を応援してくれたバイト仲間、さらに「癒しキャラ」を求められることにうんざりしているパンクな井川遥など、女性たちがパワフルで自由で、男にとって都合の良い母性キャラとして描かれていないのが実に心地良い。

 しかし、諭にとって快適なぬるま湯生活が、終わりを告げる。

 一つは同居人でもあった塚本が夢を諦め、去って行き、現実と向き合わざるを得なくなったこと。もう一つは、同じくバイト仲間の結(伊藤沙莉)との出会いだ。
 貧乏でやさぐれた雰囲気で、DV彼氏を持つ結だが、夢を持って頑張る愉を尊敬し、後に恋仲になり、すったもんだの末に愉を支える存在になる。 一方、日立の尽力でオーディションに合格、ドラマのレギュラーを得た諭は、そこから順調に俳優として売れっ子になっていくが……。

 序盤では「夢追い人」の恋と挫折、青春の日々が描かれ、それが「運と縁」から俳優道を駆け上がるサクセスストーリーに変わっていく鮮やかさ。
 ここまででも充分に見応えがあるのに、その傍らで終始気になるのが、突然アメリカに行ってしまった兄・武志(草彅剛)の存在だ。

 家族集まって、それぞれ願い事をしながら太巻きを食べる松戸家のユーモラスな描写の一方で、諭が思い出す武志の姿は、仲が良かったことはない、追いかけては置いていかれていたというものばかり。

 しかも、病気の祖母が武志に会いたがっているから戻ってくるようメールしても、返信はなく、ようやく返信が来た時には祖母はすでに他界していた。そこで諭は絶縁のメールを送るが……。

 後半では突然の1本の電話により、アメリカに渡ったきり音信不通だった武志を迎えに行くため、諭がアメリカに旅立つ展開が描かれる。

 そこで見えてくるのは、自分が知らなかった兄の姿や、兄が見ていた自分の姿。兄と自分が、実は表裏一体の合わせ鏡のような存在だったということ。そして、がむしゃらに努力してきたわけでもなく、諭自身も自覚していない「拾われる」才と、それがつないだもの。

 ちなみに、全編を通しで観て、裏面を知った後にもう一度最初から観ると、もっと深く理解できるところ、刺さるところが増えるのも本作の魅力だ。

 美しさと残酷さ、おかしさと悲しさを孕む青春モノの味わいが、運と縁がつないでいくシンデレラストーリーに変わり、やがてつないだものは兄弟であり、家族だったことに気づくホームドラマに変化していく。

 単発ドラマが何本も切り出せそうな、種々の味わいをいっぺんに楽しめる、非常に贅沢なドラマなのだ。

今回ご紹介した作品

拾われた男

配信
ディズニープラスで全話配信中
NHKプラスで最新話を放送から1週間配信中
放送
NHK総合 火曜夜10時~他放送中

情報は2022年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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