田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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クレッシェンドで進め

2022/12/12公開

誰もが通った青春時代を懐かしく、眩しく描く群像劇

『クレッシェンドで進め』©日本テレビ

 朝のドラマと言えば、誰もが思い出すのがNHK連続テレビ小説、通称「朝ドラ」だ。しかし、毎朝15分の朝ドラよりもさらに短い尺で、毎朝10分未満×週5日放送されている、もう一つの朝のドラマがある。2018年12月にスタートした日本テレビ系『ZIP!朝ドラマ』だ。

 同枠では、第一作目のバカリズム脚本『生田家の朝』が「ギャラクシー賞」2018年12月度月間賞を受賞したほか、錦鯉の半生を描いた『泳げ!ニシキゴイ』(2022年7月19日スタート)が話題になったばかり。そんな中、10月17日にスタートした『クレッシェンドで進め』に、朝のドラマの新たな鉱脈を見た気がする。

 宇仁田ゆみの同名コミックを原作とした本作は、大学受験を控えた高校3年生が、最後の校内合唱コンクールで優勝を目指す青春ドラマ。原作ではとある地方の進学校が舞台だが、ドラマは長野県松本市が舞台となっており、松本城や山や川などが見える豊かな景色を背景に、高校生たちの「日常」が描かれる。

 男女別々で、一部生徒だけが活躍するクラスマッチなどと比べ、「合唱コンクール」は、全員主役の総力戦というところが、まずアツい。朝、テレビから「合唱」が響いてくるだけでも爽やかな気分になる。

 その一方、1話5~7分程度と短いため、最初はクラスメイトたちのキャラが把握できず、愛着もない状態だった。しかし、そうした序盤をナレーション&モノローグと多彩な表情で支えているのが、細田佳央太だ。

 細田は、映画『町田くんの世界』(2019年)で1000人以上の規模のオーディションにより、関水渚と共にW主演として選ばれた逸材。『ドラゴン桜』(2021年/TBS系)では発達障害を抱えつつも、東大専科で才能を開花させた昆虫好きの原健太を、『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』では生まれつき全盲の青野陽太と、次々に難役を見事にこなしていたのが、記憶に新しい。

 細田が演じるのは、「目立たず、注目されず」を信条に高校生活を過ごしてきたのに、じゃんけんで負けて3年C組の合唱コンクール委員になってしまった樫浩太(細田佳央太)。メリットは、もう一人の合唱委員が、彼が思いを寄せる藤田(出口夏希)ということだけ。

『クレッシェンドで進め』©日本テレビ

 地方進学校では大多数が受験するセンター試験(現在の大学共通テスト)を目前に、12月に行われる「合唱コンクール」。当然、誰もがテキトーに済ませようと思う中、藤田が突然優勝を目指そうと言い出したことから、3年C組の運命が一気に動き出すが……。

「じゃんけんで負けて委員になってしまった樫」の視点が軸となるのは、演技経験が乏しい若手の多い現場で短尺の物語を回す上で、抜群の安定感になっている。また、目の表情のみで嬉しさや動揺、困惑、気まずさなどを表現できる細田の芝居の達者さと、「全体を引いてみる」樫というキャラクター性により、樫の表情を通して他の人物たちのキャラクター性が徐々に見えてくる。その視点は、新たなリーダー像も提示している。

「目立ちたくない」「周りをよく見ている」樫だからこそ、クラスメイトたちの密かな思いや悩みに気づくことができるのだ。例えば、テノールのパートでも低すぎると感じている男子・伊調(山下真人)や、逆にアルトでも高すぎると感じる女子・鈴竹(飯塚純音)。親友・ハギノ(水沢林太郎)に思いを寄せる栗田(萩原護)。いつも一人だけ練習をサボって帰る「嫌なヤツ」かと思えば、音痴を気にしていた錦木(濱尾ノリタカ)などなど……。樫は誰の思いも否定せず、その言葉に耳を傾け、寄り添う。

 強力なリーダーシップでみんなをまとめあげたり、先頭に立って引っ張ったりするわけでなく、なんなら最後列からみんなを見て、群れの中から脱落しそうになる人に声をかけ、並んで歩むリーダーだ。

 ちなみに、女子率が圧倒的に少ない「理系クラスあるある」や、模試では国立大理系志望の子たちが1日で共通テスト全教科を受けてグッタリする「国立大理系学部志望あるある」の他、「地方あるある」ネタも満載。例えば、11月22日放送分では、徒歩、自転車、電車、路線バス、路線バス+自転車、路線バス+電車+自転車、自転車+電車+自転車などの登下校の交通手段と、それぞれのメリット・デメリットや、徒歩組が遅刻しがちなことなどが描かれていたが……この普遍的な地方のリアリティが実に眩しく、懐かしい。

 そして、抱える事情や背景が描かれるたび、一人ひとりが愛おしく思えてくる。序盤では全く知らない、愛着のない子ばかりだったのに……。

 当たり前の「日常」が魅力的に描かれているのは、実は本作の制作統括・河野英裕氏×演出・佐藤東弥が、ドラマ好きの間でいまだに語り継がれている木皿泉脚本の名作『すいか』のタッグだということも大きいだろう。基本的に女性の半生記もしくは一代記が描かれることの多いNHKの朝ドラとは異なるアプローチで、1日10分未満で「若者の群像劇」の「日常」を描く本作は、朝のドラマとして一つの最適解かもしれない。

予告編

今回ご紹介した作品

クレッシェンドで進め

放送
日本テレビ系 ZIP!朝ドラマ 月~金曜朝7:50ごろ放送中
配信
日テレ無料!(TADA)、TVer、Huluで過去話配信中

情報は2022年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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