田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

silent

2022/12/21公開

丁寧な脚本に伏線を散りばめた新時代のラブストーリー

【編集部注】本文中に第8話までのネタバレを含みますので、ご注意ください。

 見逃し配信再生数が“歴代最高”を記録、Twitter世界トレンド1位を何度も獲得するなど、異例の盛り上がりを見せる川口春奈主演のフジテレビ系木曜劇場『silent』。

 本作は、月9ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(通称「いつ恋」2016年/フジテレビ系)等を手掛けた村瀬健プロデューサーが「月9」のノウハウを取り入れていることを各種インタビューで名言しているように、「月9っぽい懐かしさ」を感じさせる「王道ラブストーリー」だ。

 一方、『踊り場にて』で第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞した生方美久(29歳)のオリジナル脚本×『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(通称「チェリまほ」/テレビ東京系)等の風間太樹監督という、最もフレッシュなクリエイターを起用し、一つ一つのセリフをリアルに繊細に紡いでいる、最も「今っぽい空気」の作品でもある。

 近年のSNSを意識した「先が読めない」「どんでん返し」ありきの“考察ドラマブーム”とは真逆の手法で、純文学で登場人物の心情を行間から読むような、作品に深く潜るタイプの「考察」が盛んに行われている。新たな「考察系ドラマ」とも言える。

 渋谷のCDショップ・タワーレコードで働く主人公・青羽紬(あおばつむぎ/川口春奈)は、8年前に突然別れを告げられた高校時代の恋人・佐倉想(目黒蓮)と再会する。しかし、紬は想が徐々に耳が聴こえにくくなる病気を患い、それが別れの原因だったことを知り、現在の恋人で想の親友でもあった戸川湊斗(鈴鹿央士)との関係性にも変化が生じるという内容だ。

「考察」のきっかけの一つは、同じ言葉、同じやりとりが時を経て、あるいは別の視点から、全く違う意味で用いられること。

 第1話冒頭では降る雪にはしゃぐ紬に、「うるさい、青羽の声うるさい」と笑っていた想。しかし、再会後、失聴した想に話しかける紬に対し、かつてはじゃれ合いで用いられた「うるさい」の言葉が、全く違う意味で使われる。手話を用いながら苦悩で顔を引きつらせ、コミュニケーションを遮断するための「声で話しかけないで」「うるさい」として。

 また、高校時代に繰り返された親友同士の「背中に向かって名前を呼ぶ」行為が、8年後に全く違う形で描かれる。
第3話で、紬の家に想が訪ねて来たとき、留守番をしていた湊斗は想の背中に声をかける。想が振り返ることは当然なかったが、湊斗は高校時代のように想が振り返ってくれるかもと期待してしまったのだ。

 そこで湊斗は泣きながら、想が自分たちの前から姿を消した理由を尋ね、「紬に迷惑をかけたくないとか、わかるけどさ……なんで俺に言ってくれなかったの!?」と思いをぶつける。湊斗は紬と元カレ・想の再会に嫉妬していたとばかり思っていたが、実は想の耳が聴こえないという事実を受け入れられず、向き合うのが怖かったのだ。

 一方、第6話では、紬への気持ちを再認識する想が、1人で生きようとしていた大学時代に不安に寄り添ってくれた聴覚障がい者の奈々(夏帆)と向き合うことを決める。だが、奈々は想と向き合うことを拒み、紬に会いに行く。そして、想のために手話を習う紬に「手話、上手だね」と言いつつ、痛切な本音をぶつけるのだ。

「私が想くんに手話を教えたの。プレゼント使いまわされた気持ち。好きな人にあげたプレゼント、包み直して他人に渡された感じ」

 しかし、湊は耳が聴こえなくなった想が昔と全く変わっていないと実感し、自ら身を引いて紬と別れたように、奈々も紬が真っすぐで良い子だと知り、手話を「お裾分けした」「あげて良かった」と自分の気持ちに決着をつける。

 本作は、実は「親子」「家族」の描き方もあまりにリアルで、秀逸だ。

 第8話では、父の命日で実家に帰省した紬が、母・和泉(森口瑤子)と紬と弟・光(板垣李光人)と亡き父の思い出話をする中、和泉が言う。 「ぶっちゃけお父さんのために(病院に毎日)行ってたんじゃないわけよ」「ただ横にいたいっていうだけの自己満足なわけよ」。

 そこで紬は、同棲の話まで進んでいた湊斗と別れ、耳の聴こえない想との交流が復活したことを打ち明けるが、和泉は「そう、で? お母さんにどうしろと? 聞こえるようにしてあげられない。お母さんがだめっていったらダメなの? やめなさいって言ったらやめるの?」「じゃあね、お母さん別に関係ないもん」と笑顔で返す。

 私事で恐縮だが、母を亡くしたばかりの自分など、亡き父の好物だった栗ご飯の話をしながら家族みんなで栗を剥く姿、「実家に帰ると荷物増える現象」について母が言った「親の真心」「言葉じゃ伝えきれないからモノに託す」という言葉だけで、見続けられなくなってしまった。

 触れられたくない心の奥にある悲しみや苦しみ、黒い感情にも、不意打ちでそっと触れて来る、美しく優しく、残酷さを孕む物語『silent』。世代や環境・立場を超えた普遍的な「涙腺のツボ」が無数に散りばめられ、不意に心を揺さぶられる、実に危険なドラマだ。

今回ご紹介した作品

silent

放送
フジテレビ系にて毎週木曜よる10時~放送中
配信
TVerにて最新話を1週間無料配信中
FODにて全話配信中

情報は2022年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ