田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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舞いあがれ!

2023/01/11公開

チーム制脚本を採用した朝ドラの新たな挑戦

「今回の朝ドラはどうですか? 全然話題になっていないですけど」
「今回の朝ドラは地味ですね。観ていないですけど」

 これは、エンタメ系のインタビュー現場や打ち合わせなどで編集者にしばしば振られる話題だ。そして、現在放送中のNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)に対するメディアの、世間のとらえ方を象徴する発言かもしれない。

 福原遥がヒロインを務める朝ドラ『舞いあがれ!』は、ヒロイン岩倉舞(福原)がものづくりの町・東大阪と自然豊かな五島列島で様々な人との絆を育みながら、空を飛ぶ夢に向かっていく挫折と再生のストーリー。

 確かに、3世代にわたる100年のファミリーヒストリーを描いた『カムカムエヴリバディ』(2021年)のようなキャッチーさ、トリッキーさはないし、「ちむどんどん反省会」が盛り上がった『ちむどんどん』に比べ、「普通」に見えるかもしれない。

 しかし、その実、桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太の3人チーム制脚本という大きなチャレンジをしている作品でもある。

 しかも、本作の場合、メインライターの歌人で『心の傷を癒すということ』を手掛けた桑原亮子の繊細で優しい日常パート(第1~7週、第12週~以降不明)と、嶋田、佃が手掛けるドタバタラブコメ+学園モノ要素の「航空学校編」(8週~11週)とで意図的に作風を変えているため、1つの作品内で、テンポも温度も湿度も全く異なる作品が展開されるのだ。
 例えるなら、作画担当・演出担当によって仕上がりが週単位で変わった80年代アニメを見るような落差だ。

 桑原が手掛けた第1~7週では、人の気持ちには敏感なのに自分の気持ちが言えない岩倉舞(子役時代:浅田芭路)が、原因不明の発熱に悩まされ、母・めぐみ(永作博美)の故郷・五島列島に行く。祥子ばんば(高畑淳子)と暮らすうち、自分のことを自分でやるようになり、五島の人々との交流を経て、過去のトラウマから脱却でき、自分の気持ちを言えるよう変化していく。と同時に、舞の存在が、絶縁状態だっためぐみと祥子を再び結びつける。

 舞は大阪に戻るとクラスで孤立していた友人・久留美(子役時代:大野さき)を励まし、工場の経営不振に悩む父・浩太(高橋克典)のために模型飛行機を作って飛ばす。親に心配され、守られてきた舞が、誰かのために動く勇気を持てたのだ。

 さらに子どもの頃から飛行機が大好きで、周囲の子たちとあまり話が合わなかったであろう舞が、大学で人力飛行機サークル「なにわバードマン」に入り、初めて飛行機の話ができる仲間を得る。入学時には知人の女子たちに「岩倉さん」と微妙な距離感で呼ばれていた舞が、男女関係なく、好きなモノで仲間とつながる嬉しさ。活動費のためにバイトにも励む舞だが、パイロット担当・由良(吉谷彩子)のケガにより、飛行機を飛ばしたい一心から自らパイロットを志願する。部員たちに認めてもらうためにハードなトレーニングと過酷な減量を行った末に「空を飛ぶ」幸せを知ることに。それが次の夢――ジェット機のパイロットにつながる。

 しかし、第8週からはアップテンポで「航空学校編」が描かれる。もともと航空学校をリアルに描くため、1年くらいかけて取材したということによるチーム制脚本だが、急なラブコメ・ドタバタ展開やヒロイン像の変化に、SNSでは往年の『スチュワーデス物語』(1983年)を思い出す声も続出。慎重に根気よく地道に努力を重ね、常に周囲を気遣い、繊細に言葉を選んだり適切な距離をとったりする舞が、別人のようにも見えた。

 そこから、第12週から再び桑原脚本に交代。苦労の末に航空会社への内定をもらった舞だが、リーマンショックで入社が1年延期となり、浩太の工場の経営が悪化。さらに浩太が急死するという絶望的展開と共に、出口の見えない不況が現在につながる深刻な様相を呈している。

 難しいのは、非常に繊細で優しく美しい1~7週と12週の物語を評価するドラマ好きが多い一方で、「航空学校編のほうがテンポが良くてわかりやすかった」「スチュワーデス物語みたいで面白かった」という声もあること。

 朝ドラにとってのライバルは通常、比較対象とされる前後の作品であり、朝ドラという性質上、クオリティの追求一辺倒にはできず、広いウイングが求められることになる。長い歴史を持つ枠ゆえに、常に新たなチャレンジを求められる部分もある。
 しかし、本作の功罪は、「同一作品内ライバル」を作ってしまったこと。そして、「話題性」ばかりに着目し、ページビュー稼ぎに躍起になるネットメディアがわかりやすくドタバタ青春ラブコメの「航空学校編」に飛びついたこと。

 ネットメディアでは、同じ作品でも賛否両スタンスの記事を同時に用意し、ページビューによって読まれた方のスタンスの記事を増やす傾向がある。そうした数値を元に記事を量産=評価とする流れが進むと、丁寧なドラマ作りが「地味」とされ、踏みつけられてしまう可能性もある。

『舞いあがれ!』はある意味、朝ドラの今後の行方を左右する試金石になるかもしれない。

今回ご紹介した作品

舞いあがれ!

放送
NHKで月~土曜午前8時~放送中
配信
NHK+で最新1週間分見逃し配信中
NHKオンデマンドで全話配信中

情報は2023年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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