田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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三千円の使いかた

2023/02/03公開

三千円の使いかたで人生が決まる?家族・仕事・人生を形作る「おカネ」の話

 原材料高、原油高、円安による値上げラッシュが続いた2022年。さらに2023年も2022年以上に物価の高騰が予想される中、賃金は上がらない深刻な事態が続いている。

 そんな中、弥が上にも関心が高まるのが、「お金」の問題。そうした時代のニーズにピタリとハマるドラマが、『その女、ジルバ』(2021年)や『おいハンサム‼!』(2022年)など、良作揃いの東海テレビの「土ドラ」枠に登場した。

 原田ひ香の75万部突破の同名ベストセラー小説を原作に据え、葵わかなが主演を務める『三千円の使いかた』(東海テレビ・フジテレビ系)だ。

「人はね、三千円の使いかたで人生が決まるの」
これは冒頭で主人公・御厨美帆(葵)が12歳の頃に祖母・琴子(中尾ミエ)に言われた言葉。3000円くらいの少額で買うモノ、選ぶモノが人生を形作っていくというが、自分だったら?

 すぐ浮かぶのは本や漫画2~4冊程度、映画とご飯……確かに金銭感覚が見えるラインで、同時に暮らしの中で大切にしているモノ・優先順位が見えるラインかもしれない。

 24歳になった美帆(葵)は家賃98000円の部屋に住み、デパ地下で総菜を買ったり、専門店の1800円のボロネーゼを食べたり、一人暮らしを謳歌していた。そんな美帆の生き方を揺るがす出来事が、お世話になってきた先輩・街絵(酒井若菜)が病気で倒れ、リストラされると男性社員たちに面白おかしく噂話をされていたこと。

 長年会社に貢献して来た先輩が切り捨てられる憤りと、自分の立場への不安を感じた美帆は、思いを彼氏に話すが、「(美帆も)いつかは結婚するだろうし、子どもとか作って普通に退職するだろうし」と他人事のように言われてモヤモヤ。実は街絵は病気を機に人生を見つめ直し、自ら退社したのだったが、「人生何が起きるかわからないねえ」「自分らしい生き方見つけて行ってね」と言い、その言葉が美帆の心に火をつける。そして、かつて愛犬の世話をせず、可哀想な目に遭わせたことを思い出した美帆は、保護犬を飼おうと思い、10年間貯金して一軒家を買うことを決意するのだ。

 しかし、元証券会社勤務の真帆にアドバイスを求めると、「まず1000万円貯めること」。実は新卒2年目の美帆の手取りは25万円で、高卒で消防士の義兄(堀井新太)と同程度。にもかかわらず、専業主婦で子持ちの姉・真帆(山崎紘菜)はコツコツ貯金と投資信託で600万円貯めていた。それに対し、美帆の貯金は30万円程度。そこから「固定費の見直し」として家賃やスマホ代の高さを指摘され、琴子のアドバイスで毎日100円貯めることにする。

 そこから「お金の問題=オトナ度・自立度」が見えてくる。節約のために1人暮らしをやめ、実家に戻った美帆は、家賃も食費も入れず、弁当も作ってもらって、弁当箱を洗うことすらしない。

 しかし、「大人」になれていないのは、美帆だけでなく、家のことを何もしない父・和彦(利重剛)も、しっかり者に見えて、実家におかずやモノをねだってばかりの真帆も同じだ。

 第3話で母・智子(森尾由美)のがんが発覚したとき、彼らのダメぶりが浮き彫りになる。手術後の退院時に本人が遠慮したからと言って、誰も迎えに来ず、あろうことか和彦は「今日の夜は簡単なものでもいい。外食でも出前でも」とメッセージを送るだけ。

 しかも、智子に元気になってもらおうと、娘たちが企画したのは、ハワイアンなパーティ。フラダンスを習っていた母が喜ぶだろうと、保育園児や小学生の誕生日会のように家中を折り紙などで飾り付け、「リラックスできる」と19800円の椅子を買ってプレゼント。智子は日頃、駅前のおばちゃん御用達用品店で安売りの下着など買っている暮らしなのに……。しかも、祖母のボーイフレンド・小森(橋本淳)が呼ばれて来て、ウクレレを弾くという、明るい「地獄絵図」。誰のための何の会かさっぱりわからない。

 始末が悪いのは、どれも善意によるものだということ。しかも、残念ながら夫を、子を、ことごとく「使えない」ヤツらに育てたのは、他でもない智子自身だ。離婚しようにも、ついて回るのはやはりお金の問題だ。

 一方、40万円のマッサージチェアを銀行の利息だけで買う目標を成し遂げた琴子だが、智子の友人へのお料理教室を頼まれ、講師代として報酬5000円を得たことから、働くことに意欲を示すようになる。琴子が求めたのは「労働の対価」であるお金と、「生きている実感」「社会で機能している証」だ。

 アパレルで働き始めた琴子は実にイキイキしているが、美帆が応援したのに対し、他の家族の最初の反応は心配や反対だった。SNSでも心配する声のほうが多いことに驚かされたが、それだけお金の使い方・稼ぎ方には、金銭感覚や家族観・仕事観・人生観が色濃く反映されること、世代差や性差、個人差が大きいことを改めて感じさせられる。

 どんな人で、何を大切にしているのかを知るための、手っ取り早くも根源的な要素・お金を描くドラマ。できれば家族や親しい人と一緒に観て、価値観の相違を話し合う材料にしても面白そうだ。

今回ご紹介した作品

三千円の使いかた

放送
フジテレビ系列にて毎週土曜よる11時40分~放送中
配信
TVerで最新話を1週間無料配信中
FOD、U-NEXTで全話配信中

情報は2023年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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