田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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星降る夜に

2023/3/29配信

大石静脚本・明るく優しい大人のラブストーリー

 秀作・話題作の多かった1月期ドラマの中でも、恋愛と社会派テーマのバランス、シリアスとコミカルのバランス、物語の構成力と、「走攻守」揃った作品が、大石静脚本×吉高由里子主演の『星降る夜に』(テレビ朝日系)だ。

 さらに、1月期ドラマで最強のキャラを一人選ぶとしたら、即決したいのが、同作の柊一星(北村匠海)である。吉高扮する「本音を押し込めて生きるマロニエ産婦人科の産婦人科医・雨宮鈴」をはじめ周りの人々に、世界に、明るく優しい光を注いでいたのが「遺品整理士」で聴覚障がいを持つ柊一星だった。

 初回から自分の思い込みや偏見に気づかされるのが、一星の太陽のような明るさだ。
 事故や病気による中途失聴症と異なり、一星の場合は先天的な聴覚障がいだったこともあるだろう。しかし、「亡くなった人」も「障がいがある人」も、どちらも「可哀想」なのかと一星は問いかける。
 なぜなら、一星は両親を亡くした際、遺品整理業者の「ポラリス」に両親の遺品整理を担当してもらったことを機に、遺品整理士を志願し、天職とも言える職業と仲間たちを得たから。

 この作品の驚くべきところは、本来は聴覚障がいにより、最も不自由なはずの一星が、最もコミュニケーションに長けていること。作品を観ているうちに、一星の「声」を聴いていないことなど忘れてしまうくらい、北村匠海の手話は雄弁で表情豊かで、明るく裏がないストレートな性格は魅力的だ。そして、そんな彼と話したい思いから、鈴も「遺品整理のポラリス」の同僚たちも、手話を学び、スマホやジェスチャー、筆談などを駆使して向き合っていく。

 ポラリスの後輩で「親友」の佐藤春(千葉雄大)は、一般企業に勤めていたとき、ストレスと過労で出社できなくなり、引きこもりになっていたが、一星の仕事ぶりを見たことがきっかけで遺品整理士になった。佐藤が心を開いたのも手話を覚えたのも、きっかけは一星が手話を用いて下ネタトークでグイグイ話しかけたから。

 また、そんな佐藤と一星の手話を介した饒舌な会話を見たことが、鈴が手話を覚えたいと思ったきっかけだった。鈴が感じたのは、「外国に来たみたいな気持ちになった。私だけ言葉が通じない」という、自身の不自由さだ。通じないことに慣れているからこそ、一星は常に「伝える」ことに心を砕いており、だからこそ世界中に友達がいるというのも頷ける。

 さらに、親友を亡くし、逃げた夫の連れ子を溺愛する「ポラリス」の社長・北斗千明(水野美紀)や、出産で妻子を亡くし、当時新人医師だった鈴が涙を流すのを見たことから医師を目指し、30代後半で医学部に入った45歳の「ドジっ子」新米医師・佐々木深夜(ディーン・フジオカ)など、優しく温かな人たちは何かに悩み、苦しみ、傷ついてきた人たちばかり。

 そんな優しい世界を唯一壊そうとするのが、妻を出産で亡くし、鈴と過去に医療裁判で争った男・伴宗一郎(ムロツヨシ)だ。しかし、鈴を憎み恨み続けるエネルギーのみで生き続けていた伴は、鈴が周りの人々から愛され、信頼されている良い医師であることを知るにつけ、自身の逆恨みを理解し、エネルギーの行き場を失い、生きる気力を失ってしまう。そんな伴の「命」への執着が失われたとき、ただハグしてその「命」をつなぎとめたのが、一星だった。

 一星は遺品整理士なのに、「捨てられない」人だ。だから、遺品を全て処分しろと千明に怒られ続けているのに、勝手に死者の思いや遺族の思いを考え、一部の遺品をオモチャ箱のような箱にとっておき、頼まれもしないのに遺族に渡す。そうしたお節介はときに鬱陶しがられ、相手を傷つけ、罵声を浴びることもある。「本来やらなくても良いこと」のために自分自身が傷つくことにもなる。

 多くの人は、高い志や熱い思いを持って他者と向き合っていたとしても、傷つくたびにそれが自身の痛みになり、恐怖になり、徐々に他者と少しずつ距離を置き、無難に省エネに付き合うように変化していくものだろう。ところが、一星の強さは、自身が傷つけられたとき、相手がそうせざるを得なかった痛みを考え、自身の無神経さを反省し、相手を理解しようとさらに懐に飛び込む。それが独善的にならないのは、自分の考えや思いを他者に一切押し付けず、本当の意味での「相手の声」を懸命に聞こうとするからだろう。

 日本人はとかく「空気を読む」「察する」ことを重んじ、相手にも「察してほしい」と考えがちだ。しかし、言葉にしないと通じないこと、そこから生まれる衝突や壊れる人間関係のいかに多いことか。一星を見ていると、自身が日頃からいかに伝えるための努力を怠りつつ、相手の想像力や包容力に委ねる、一見控えめながらも臆病で無責任で他力本願なコミュニケーションをとってきたかを考えさせられる。最強の「コミュ強」で「聖母」のような柊一星にコミュニケーションの本質を教えてもらった気がする良作だった。

今回ご紹介した作品

星降る夜に

TVerにて第1話と最終話を無料配信中
TELASAにて全話配信中

情報は2023年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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