田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった

2023/6/1配信

家族に向き合い続けたある一家の物語

 「親ガチャ」というネットスラングが多用される時代。実際、親や生まれた環境は自分の力でどうにかできるものではないだけに、「なんで自分ばかり……」と不運を恨みがましく思ったことのある人も多数いるだろう。

 そんな人こそ観たいドラマが、作家・岸田奈美の自伝的エッセイを原作とした『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(NHK BSプレミアム)だ。

 なにしろ主人公の弟はダウン症で知的障害があり、父は心筋梗塞で急逝、母は下半身麻痺で車いす生活という、しんどい要素をフルコンボで揃えている「ほぼ実話」の物語だ。にもかかわらず、笑えて、泣けて、愛おしくて、考えさせられて、温かい気持ちになる、なんとも不思議なドラマなのだ。

  主人公・岸本七実を演じるのは、映画界で今、最も注目される若手俳優・河合優実。明るく優しい母を坂井真紀、妖精のように岸本家をたゆたう亡き父を錦戸亮が、そして、ダウン症の弟・草太を、オーディションで選ばれたダウン症の新人俳優・吉田葵が演じる。障がいのある役をその当事者が演じるというのは、海外ではすでに始まっている流れだそうだが、日本の連続ドラマではまだ極めて稀。

 実際、物語は悲劇が続くのに、笑いと温かさに満ちた「喜劇」に見えるのは、大九監督と役者陣による、本物の家族の日常をのぞいてしまったような生々しいリアリティと、真ん中で大きな光を放つ吉田葵のエネルギーによるものだろう。

  第一話では、文無しの草太がコーラを持って帰って来たことから、万引き疑惑が起こる。しかし、草太が胸ポケットから取り出したのは、コンビニのレシート。裏には「お代は次に来たときで構いません 店長」の文字がある。そこで菓子折りを用意して一家でコンビニに謝罪に行くと、店長は「喉が渇いて困ったたからうちを頼ってくれたんですよね? 嬉しかったです」と言う。

 しかし、そんな優しい人だけで世界がまわっているわけではない。
 七実は、弟に障がいがあることで彼氏にフラれる。しかし、七実は言う。
「うちの家族にとって弟は面倒がかかる存在じゃない。家族にとっては私のほうが面倒で、むしろ弟に助けられてる」「面倒をみてる・面倒をかけてると、決めつけんで欲しい」

 確かに、姉弟で電車移動する際、切符をなくさないように預かってくれたのも、棚に置き忘れそうになった荷物に気づいて取りに戻ったのも、弟のほう。こうした性質や関係性は、障がいの有無に関わらず、家族やよく知る人にしかわからないことだ。

 そう思うと、「弟さんと仲良くしたいけど、結婚となると~」「弟さんの面倒みる自信がない」などと、高校生のくせに飛躍した発想の彼氏の方が変わった人に見える。

 また、マルチ商法を母親がやっていることから「マルチ」と呼ばれる天ケ瀬環(福地桃子)は、同級生に「あんな母親に育てられたら娘も絶対頭おかしい」と陰口を言われる。それに対して七実は、「どんな家族かで私らの性格まで決まるん?」と反論し、自分もマルチと呼んでいることを指摘されると、言うのだ。
「私は裏で『マルチ』て呼んでるんやない。私はマルチの前でも『マルチ』て呼んでるからみんなとは違う」
 そこで同級生の言葉が突き刺さる。
「岸本さんの家も可哀想な家やったな」
 だが、自分の思っていることをはっきり言う七実の姿は、同級生たちよりずっと伸びやかだ。根底には「おもろいことがカッコイイ」という亡き父イズムがあり、しんどいことの多い岸本家で七実が担ってきた「笑わせる」役割があるだろう。

 例えば、父が死んでから「父は東京出張」と家族全員で思い込むことにしていたこと。唐突に「ニューヨークで大道芸人になる」と言い出すこと。
実は母が病室で「死にたい」と泣く様子を見た七実は、自分がしたいことをするのが親のためだと知人に言われ、大道芸人を目指して、英語の猛勉強を始めたのだ。それはきっと「笑わせる」ためだ。

 しかし、母の一時外出許可が出た際、オシャレなカフェに母を連れ出すと、慣れない車いす移動では周囲に謝ってばかりで、肝心の店には段差があって入れず。母にプレゼントしたイヤリングも落としてしまうが、母は言い出せず……。

 ようやく入った店でパスタを食べながら、母に「ごめんな」と言われた七実は、自分が手術同意書にサインしたから死ぬより辛い思いをさせていると謝る。そして、「死にたいなら死んでもええ。私も一緒に死ぬ」と泣きながら訴えるのだ。

「でももうちょっと時間ちょうだい。ママが生きたいって思えるようにしたいねん、私」 それが、七実が福祉とビジネスを学ぶ大学への進学を決め、さらに母が社会復帰し、再び輝く道を切り拓くきっかけになるとは――。

 しんどいことが多いからこそ培われてきた、しんどさを回避する能力と、豊かな想像力・創造力。岸本家のたくましさは、きっとあらゆる生きづらさを感じている人の気持ちを軽くしてくれるヒントになるはずだ。

今回ご紹介した作品

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった

放送
NHK BSプレミアムにて毎週日曜夜10時~放送中
配信
NHKオンデマンドにて全話配信中

情報は2023年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ