田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

やさしい猫

2023/7/12配信

分断の時代を生きるヒントが詰まった作品

 経済格差やロシアのウクライナ侵攻、「自国中心主義」など、社会の分断が世界中で見られる昨今。そうした「分断」を最も強く感じる「入管」の問題を取り上げたドラマがスタートした。直木賞作家・中島京子の原作を映像化した、優香主演の土曜ドラマ『やさしい猫』(NHK総合)だ。

 ウィシュマさんの事件を機に注目が高まる入管の問題が描かれるだけに、今作られるべき・観るべきドラマだと思った。しかし、本作が発表された時点、第一話が6月24日に放送された時点で、その反響にまさしく「分断」を見る気がした。

 第一話では、シングルマザーの保育士・ミユキ(優香)が震災ボランティアでスリランカ人のクマラ(オミラ・シャクティ)と出会う。父母をスリランカの津波で亡くしたクマラは、スリランカが大変な時に日本が助けてくれたからという理由で、ボランティアに参加したのだった。この時点でクマラには「日本人=親切で良い人」という思いしかなかっただろう。

 ところが、いざ住み始めてみると、歩いているだけですぐに名前を聞かれ、自転車が盗品でないか確認される。実際、自分の知人にもスキンヘッドで夜に自転車移動しているだけで、度々警察から職務質問される人がいるように、これは外国人だからというだけの理由ではない。しかし、外見的特徴に抱く「偏見」であることは間違いない。

 クマラが何の罪も犯していないと知ると、警察官は「職務ですから」と言い訳して立ち去る。しかし、一見「悪者」の警察も、こうした勘や偏見による職質で犯罪を抑止できた経験があるのだろうし、彼らなりの「正義」で動いているのだ。

 一方、偏見のないミユキの危うさも、同時に描かれる。クマラと歩いているときの周囲の怪訝そうな視線にミユキは気づいていない。冷蔵庫が壊れたことで娘のマヤ(伊東蒼)とケンカになり、その仲裁で自称「メカに強い」クマラが冷蔵庫修理に来るのを受け入れたのも、そうした警戒心のなさからだろう。

 冷蔵庫にガムテープを貼り「やさしく」と記すクマラの「対処法」に母子は思わず笑ってしまい、そこから3人の交流が始まる。しかし、あるとき、ミユキが貧血で倒れ、入院することに。そこで、クマラはマヤを病院に連れて行き、心細そうなマヤに朝まで付き添い、朝食も作る。お母さんみたいとマヤは笑うが、正直、この一連のシーンに不安を感じた視聴者は多かったろう。

 クマラが良い人らしいことはわかる。しかし、成人男性が小学生の女の子を連れ出すのも、朝まで付き添うのも、やっぱり不安だ。不測の事態に子どもを預けられるママ友などはいなかったのかと思うが、不意に冒頭でミユキの世話を焼くマヤの姿や、雨の中、洗濯物を一人で取り込み、畳んでいたマヤの姿が蘇る。きっと父を亡くしてから2人は「母が子を一人で守る」関係というより、共に喪失感を抱き、支え合い、生活を回す相棒になっていたのだろう。

 そこから3人が一緒に過ごす時間は徐々に増え、第一話ラストではクマラがミユキにプロポーズするが、クマラが事前にマヤに相談していた関係性に、ちょっとグッとくる。大事な人をもう失いたくない、傷つきたくないと言うミユキの心を溶かしたのは、ミユキと一緒にいたい、ミユキのいないところには行かないというクマラの宣言だった。しかし、この宣言が本人の意思と無関係に打ち砕かれる事件が待っているのだ。

 ところで、驚くのは、こんなにも平和で温かい第一話に対して、SNSでは称賛と罵詈雑言がそれぞれ続出していたこと。

 一方は、「NHKが入管の問題をドラマで取り上げる」意義を称える言葉。近年は、ネットの一部で「政府広報」と揶揄されることもあるNHKだが、「報道」と「ドラマ」は別で、むしろ自己批判も込めているかのように、ドラマでは学問の世界の不祥事を描いたブラックコメディ『今ここにある危機とぼくの好感度について』(2021年)や、近未来の日本を舞台に“政治”を描いた『17才の帝国』(2022年)など、骨太な社会派作品を作っている。そうした意味で本作も実にNHKらしいドラマなのだが、入管というテーマがストレートであるだけに、「入管は悪者だから、多くの人に知ってほしい!」などと煽る声もあった。

 一方、批判コメントの多くは「公共放送が不法滞在を擁護するのか」「NHKが犯罪を美化し、法律をないがしろにするのか」というような意見、さらに関係ない外国人犯罪などを列挙し、攻撃する内容が多数。こうした「分断」を見るにつけ、「本当に同じドラマを観たのだろうか」と不思議なに思うし(おそらくドラマを観ていない書き込みも多いだろう)、攻撃的なコメントには気分が沈む。

 ちなみに、本作を観て思い出したのは、同じく矢島弘一脚本の『東京の雪男』だ。雪人はおそらく移民や外国人労働者、性的マイノリティ、障がい者など、様々なマイノリティの象徴であり、「分断」の時代を生きる私達一人一人の視野を広げるヒントがたくさん詰まっている。併せてチェックしたいものだ。

今回ご紹介した作品

やさしい猫

放送
NHK総合にて毎週土曜よる10時~放送中
配信
NHKプラスにて最新話を1週間無料配信中
NHKオンデマンドにて、全話配信中
U-NEXT(NHKパック)にて全話配信中

情報は2023年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ