田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

初恋、ざらり

2023/7/27配信

知的障害を持つ女性の恋を真摯に描く

 年齢差や職業・収入差、性別、国籍など、これまで恋愛ドラマでは二人の間に横たわる様々な障壁を描いてきた。最近では、『silent』(フジテレビ系)や『星降る夜に』(テレビ朝日系)で聴覚障がいが描かれたり、『unknown』(テレビ朝日系)で吸血鬼と人間という異なる種族間が描かれたり。

 人は自分と違うもの、わからないものに遭遇したとき、戸惑ったり、不安・恐れを感じたりすることがある。一方、わからないからこそ、もっと知りたいと感じたり、惹かれたりすることもある。

 そんな「違い」を抱えた関わりの正の面も負の面も綺麗事じゃなく描く作品が、ざくざくろの同名漫画を原作に据え、小野花梨×風間俊介がW主演を務めるドラマ『初恋、ざらり』(テレビ東京系)だ。

 小野扮する主人公の上戸有紗は、軽度知的障がいと自閉症を持ち、「普通」に生きたいと思う、劣等感と純粋さを持つ女性。障がいは軽度であることもあり、一見「普通」だ。
 しかし、実はそこがなかなかややこしい点でもある。本人は障がいを隠して働いており、仕事の単純ミスが多く、人間関係でもうまくいかず、理解が得られずにすぐクビになってしまう。

 そうした繰り返しにより、劣等感がますます強まり、「普通でありたい」「必要とされたい」「役に立ちたい」と思うあまり、自分が役に立てる唯一の価値として、コンパニオンのアルバイトで知り合った男性などから体の関係を求められるたびに応じてしまう。
 しかし、そんな有紗に変化が訪れる。きっかけは、新しいアルバイト先である運送会社の先輩・岡村龍二(風間)との出会いだ。

「普通」「当たり前」がわからない有紗は、配達時間指定のAM・PMがわからず、意味を聞くと、岡村は一瞬驚いた後に自分も最近まで知らなかったとフォローする。
 また、同僚から「髪をくくる」ように言われたが、それが後ろで一つに結ぶことだとわからない有紗は、ちょこんとヘアアレンジするのみで、同僚の女性たちに睨まれてしまう。すると岡村が、機械に巻き込まれると危ないからと、理由がわかる形で説明してくれるのだ。

 私達が生きる社会では、いつ学んだかも覚えていない「普通」「当たり前」「暗黙の了解」に溢れていて、それがわからない・できない人を見ると、その理由がわからないだけに「やる気がない」と感じたり「鈍臭い」と感じたりしてしまう。ともすれば「舐めている」「ふざけている」と嫌な印象を持つことすらあるだろう。

 そんな中、優しくフォローし、丁寧に説明し、メモまで渡してくれる岡村は社会の中で、むしろ少数派かもしれない。しかも、そこに下心はない。有紗の中で体のみを求めてきた他の男たちとは全く違う特別な存在になっていくのは、自然なことだろう。

 一方、岡村は幼い頃から優秀で親の期待を背負う兄を横目に、「普通で良い」「枠からはみ出さないように」「矛先は自分に向かないように一定のラインをキープ」して「まあ、こんなもんでしょ」と思って生きてきた。そんな岡村にとっても有紗は特別な子だ。
 わからないことがあると素直に質問し、一生懸命メモをとる。仕事でミスをすると、フォローにまわった岡村が戻ってくるまで長時間一人で待っていて、頭を下げる。しかも、好きだという言葉も本人に対して真っすぐ口にする。どれもこれも岡村の「まあ、こんなもん」を大きく逸脱しているし、社会の中の「当たり前」でもない。

 岡村の優しさに触れた有紗の変化は、母親の彼氏に体を求められたときに強く拒み、逃げ出した時に明確になる。好きな人ができたこと、優しくしてくれる人ができたことで、これまで自分の唯一の価値だと思っていた性的搾取が受け入れられないものとなった。これは有紗の自己肯定感の高まりでもあるだろう。

 好きな人や大事にしてくれる人がいるだけで、自己肯定感が高まったり、ときには無敵モードになれたりすることは実際にある。有紗にとっての岡村がそうであるように、岡村にとっても有紗はそんな存在だろう。

 年の差などを気にしていた岡村も、有紗の真っすぐな思いに応えるが、「両想い」「付き合う」などの暗黙の了解が有紗には通じない。岡村は有紗を処女だと思い込み、大切にしようと思うが、有紗は何もしてこない岡村と「付き合っている」とは思わず「彼女になりたい」と願う、二人のすれ違いがもどかしい。

 そんな中、有紗が障がい者手帳を持っていることが同僚の間で噂されることに。自分と違う、他の異性とも違うから、わからないから「特別」な二人の恋愛の行方は?
「普通」「当たり前」がわからない有紗に世界がどう見えているかを、クレヨンで縁取ったような画や、くぐもった声などで表現する印象的な演出の中、小野が演じる有紗の、小さな女の子のような痛々しいほどの純粋さと、風間が演じる岡村の「普通」の枠に縛られつつも、はみ出す人を愛情深く見守る温かさが際立ってくる。シビアな現実の中でそこだけが温かい、二人の特別な世界だ。

今回ご紹介した作品

初恋、ざらり

放送
テレビ東京にて毎週金曜深夜24時12分~放送中
配信
ネットもテレ東にて過去話を配信中
U-NEXTにて全話配信中

情報は2023年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ