田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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わたしの一番最悪なともだち

2023/9/9配信

誰かの理想的な人生を拝借できたら……

「こんな自分だったらいいのに」――そんな思いを身近な誰かに抱いたことがある人は少なくないだろう。その対象は「幼馴染」や「親友」だったり、刺激をもらえる「ライバル」や「目の上のたんこぶ」だったり。

 そうした誰かの理想的な人生を拝借することができたら……という発想から生まれた物語がNHK夜ドラ『わたしの一番最悪なともだち』だ。
 主人公・笠松ほたる(蒔田彩珠)は就職活動がうまくいかず、一方的に意識している幼馴染・鍵谷美晴(髙石あかり)の人物像を自分のモノとして偽ってしまう。二人の最初の「接点」は、小5で同じクラスになったとき。ほたるの回想で「なんか腹が立った」数々のシーンが蘇る。

 例えば、クラスのリーダー格の子に好きな色を聞かれたほたるは、本当は黄色が好きなのに、相手が求める答え「水色」を忖度して選ぶ。一方、美晴はヒマワリの色だからと、「黄色」を即答し、「個性的」と評される。

 また、休み時間の校庭の陣地争いに興じる男子集団VS.女子集団のところに現れ、「宴もたけなわやけど」とサラリとおちょくりつつ「昼休みあと5分なのに、そんなことしてて良いん?」と正論を言い放って一輪車で颯爽と去る美晴。ほたるもまた、不毛な争いにウンザリしていただけに、その軽やかさが余計に面白くない。

 さらに中学の合唱コンで、ふざける男子と注意する女子の対立から、またもやバトル勃発となるとき、止めようとして失敗するほたるに対し、「間違えた」と突然大音量でレコードを鳴らし、練習帰りにみんなでアイスを食べに行かないかと提案して場を収める美晴。高校の文化祭では、タコが届かない危機に「タコなしタコ焼き」を提案する柔軟さもある。

 美晴のカッコよさは、“女子社会”の暗黙のルールや学校・世間の常識にとらわれず、自分軸で行動し、空気も変えてしまうこと。美晴のような客観的でさばけた子は実際にときどきいるもので、陣地争いや不毛なバトルの先頭に立って騒いでいるタイプだった自分などにとっても、最もカッコいいと思う「なりたい自分」がこの手の子だった。

 一方、実はそんな美晴を一番よく見て、一番理解しているのもまた、こうしたバトルから一歩引いて見ているほたるのようなタイプ。つまり真逆に見えて、実は二人はどちらも精神年齢がちょっと高くて、アウトプットの仕方は異なるものの、持っているものがよく似ているのだ。

 そんな二人は同じ大学に通い、ご近所に住み始めたところから距離を縮めていく。美晴がトイレットペーパーや醬油をときどき借りに来るところから始まり、ある晩、自宅の鍵をなくして突然押しかけて来ることに。

 つい見栄を張り、就活が終わったと嘘をつくほたるだが、美晴という存在により、“バグ”が起こり始める。エントリーシートを書こうにも集中できず、一方でコーヒーはいつもよりちょっと美味しく感じる。おまけに、晩御飯に食べたいモノを聞いてしまうなど、気づけば相手のペースで、「丁寧語」で喋ることでかろうじて壁を維持している状況だ。

 そんな“バグ”を恐れたほたるが出て行って欲しいと打ち明けると、美晴は素直に応じ、一緒に行って欲しいところがあると神社に誘う。それは鍵が見つかるようにという「神頼み」が名目だったが、就活が上手くいっていないほたるの嘘を見抜いていた美晴がお守りを買うためでもあった。しかも、お守りを見ながら「黄色いのないねぇ」「好きな色でしょ?」と呟く美晴。「いつも数歩前にいて、必ず視界に入って来る」腹が立つ存在の美晴は、実は誰よりもほたるを見てくれていたのだった。

 そんな二人の同居は、まさかの神社内で美晴が受けた電話――鍵が見つかったという知らせにより、あっさり終了。一方、ほたるの就活という長いトンネルはまだ出口が見えず、残る駒は1社に。そんな中、早々に留年を決めた自由人の同級生(倉悠貴)の発言に触発されたほたるは、エントリーシートに「こんな自分だったら良いのに」と美晴の人となりを書き連ねる。

 自分のことは自信が持てず、さらけ出すのが苦手で、常に建前で守っているのに、美晴のことだと途端に饒舌にスイスイ書けてしまう、ほたるの正直さ。こんなのもう、大好きじゃん。

『おかえりモネ』で姉に嫉妬する「みーちゃん」を演じた蒔田は、本作のほたる役でも最高に生々しく拗らせていて、愛おしい。一方、ズケズケ他者に踏み込むようでいて、優しくデリカシーのある美晴に、『ベイビーわるきゅ~れ』好演の髙石が実にハマっている。

 ちなみに本作は、原案・脚本協力の吹野剛史が「15年温め続けたオリジナル企画」(本人SNSより)という意欲作で、主人公たちの設定とほぼ同世代の若手作家・兵藤るりが手掛ける脚本は、若い女の子たちの「あるある」に満ちていて実にリアル。Tofubeatsのはじけるようなポップな音楽も、映像美も実に魅力的な作品になっている。

今回ご紹介した作品

わたしの一番最悪なともだち

放送
NHK総合にて毎週月~木 よる10時45分~放送中
配信
NHKプラスにて最新話を1週間無料配信中
NHKオンデマンドにて、全話配信中

情報は2023年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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