田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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セクシー田中さん

2023/11/30配信

人間関係の心地良さが詰まったラブコメディー

 夏ドラマに比べ、数字も話題性も突出した作品はない一方、小粒な良作は多い秋ドラマ。
 そんな中、回を重ねるごとにじわじわと評価を高めているのが、木南晴夏が地上波民放GP帯連ドラ初主演を務める『セクシー田中さん』(日本テレビ系)だ。実際、11月17日発表のオリコン「ドラマ満足度ランキング」で『きのう何食べた? Season2』に次ぐ2位と健闘している。

 本作は、芦原妃名子の同名漫画を原作に据え、木南が地味なОLをセクシーなベリーダンサーの二つの顔を持つ主人公・田中京子を演じるラブコメディー。近年は“生きづらさ”をテーマとした作品が多数登場しているが、本作が特に支持されている理由は、キャッチフレーズの「“9笑って、1泣ける”ラブコメディー」に象徴されるバランスの良さだろう。生きづらさのリアリティで追い込むのではなく、そこに別の視点を与えることで気づきや元気をもらえる作品に仕上がっているのだ。

 その肝は、登場人物一人一人がコンプレックスや生きづらさを抱えつつも、他者の姿勢に目を向け、耳を傾け、学び、成長し続ける人たちであることだと思う。

 田中さんはTOEIC900点超えで、税理士の資格を持ち、経理部のAIと評されるほど優秀なОL。家事も完璧だが、人との関わりが薄く、友達も彼氏もできたことがなく、自分に自信がなかった。そんな田中さんがベリーダンスを始めたのは、胸を張っていきたい、変わりたいと思ったから。そのきっかけは「両親が褒めてくれた自分を大切にしなきゃ」と思ったこととわかり、ちょっとジンとくる。

 なぜなら、誰に対しても丁寧で誠実であることも、真面目できちんとしていることも、それでいて人との関わりが薄いことも、土台には溺愛する両親+1人っ子の温かな家庭がある気がするからだ。しかし、友達がいなくとも本当の意味で孤独ではなかったからこそ、両親もそんな娘をうっすら心配しつつ、人間関係に口出しすることがなかった。そして、人付き合いが苦手でも、大事に育てられ、真っすぐ素直に生きてきた田中さんの良さに気づく人はちゃんと現れる。

 その第一号が、生見愛瑠扮する派遣ОL・倉橋朱里だ。このキャラの配置もキャスティングも、実に良い。

 朱里はふわふわ可愛い「愛され女子」だが、「若くて可愛い」ことにしか自分の市場価値はないと焦り、生きづらさを抱えつつ、手堅く無難な「普通の幸せ」を望んで合コンの日々を送っていた。しかし、朱里は可愛さゆえに軽く扱われる一方、非常に敏い子で、田中さんの身体の変化に気づいていて、あるとき立ち寄ったペルシャレストランでエキゾチックなダンサー・Saliに一目惚れ。そして、その正体が田中さんと知ると、すっかり田中さんのファンになり、自身もベリーダンスを始めることになる。

 そんな朱里を正直にさせ、自分らしくさせたのは田中さん、そして、合コンで二股しようとした商社のチャラリーマン・小西一紀(前田公輝)と、「遊んでる」と決めつけてきた失礼男・笙野浩介(毎熊克哉)だ。田中さんへの憧れと、小西や笙野への悪態により、どんどん素顔を晒し、暴言を吐き、悪い顔をするようになる生見愛瑠がとにかく魅力的である。
 一方、田中さんにとっても朱里は初めてできた「友達」で、初めて恋バナができる相手。そして、人間関係や恋愛、性の話においては「先輩」として相談できる相手で、なおかつ保護者的存在にもなっていく。

 さらに、本作が描く人間関係の化学変化は、シスターフッド的物語のみにとどまらない。
 女の子の扱いがうまく、飄々としていてソツがない小西は、自分に対しては悪態をつきながらも、「推し」の田中さんのために全力を尽くす朱里の一生懸命さに惹かれていく。

 もっと大きな変化を見せるのは、本作のもう一人の主役・笙野だ。何しろスタート地点の笙野は、家庭的・料理上手・節約上手などを女性に求める昭和脳で、女性に対する偏見が凄まじく、朱里を遊び人扱いしただけでなく、田中さんを「おばさん」呼ばわりしたり、ベリーダンスをやっていると知るとみっともないと言ったりする最低のクズ男だった。

 しかし、救いようのない石頭に見えて、実は素直で、田中さんの考え方や生き方を知るうち、尊敬の念を抱くようになり、その思いが徐々に変化して行く。最も伸びしろのあるキャラ・笙野の成長物語として観るのも一つの楽しみ方だ。

 そして、こうした面々の周りにはさらなる化学変化を与える人たち――田中さんが思いを寄せる既婚者でベリーダンスにハマるきっかけを作った三好圭人(安田顕)、朱里が一度関係を持ってしまった後に謝られた友人・仲原進吾(川村壱馬)、相手を乗せるのが上手いベリーダンススクールの先生(高橋メアリージュン)などもいる。

 誰も完全無欠ではなく、自身が気づかない良さを誰かが気づいてくれたり、自身も気づかないうちに誰かに刺激を与えていたりする。そんな人間関係の心地良さが、『セクシー田中さん』にはいっぱい詰まっているのだ。

今回ご紹介した作品

セクシー田中さん

放送
日本テレビ系で日曜22時~放送中
配信
huluで全話配信中

情報は2023年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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