田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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仮想儀礼

2023/12/27配信

宗教をあえてコメディにしてしまった作品

 政治と宗教の強いつながりが明らかになった昨年。今年は地方の消防団の熱き人情モノかと思いきや、宗教の闇が描かれたサスペンス『ハヤブサ消防団』(テレビ朝日)が放送されたり、宗教2世への長期にわたる取材から紡がれたドキュメンタリー+ドラマのNHKスペシャルシリーズ『神の子はつぶやく』が放送されたりと、宗教をテーマにする作品が増えている。

 そんな中、テレビの世界でタブーとされてきた宗教をあえてコメディにしてしまった作品が放送されている。作家・篠田節子の同名小説を原作に据えたNHK BSプレミアムドラマ『仮想儀礼』(日曜午後10時)だ。

 都庁のエリート公務員・鈴木正彦(青柳翔)はゲーム会社社員の矢口誠(大東駿介)に唆され、ゲームのシナリオライターに転身しようとするが、誠に逃げられ、仕事も家庭も失う。ある日ホームレスになった誠と再会するが、誠が新たに提案したのは、「宗教」という名の「ビジネス」を立ちあげることだった。最初は取り合わなかった正彦だが、「精神の安定を売るサービス業」と言われ、その気になり、それっぽい教団名「聖泉真法会(せいせんしんぽうかい)」をつけ、㏋を立ち上げ、「教祖」となる。

 そのお手本は、二人が開発しようとしていた宗教がモチーフの壮大なゲーム「グゲ王国の秘法」だ。二人は、ワインボトルを石膏で固めたハリボテ本尊や、それっぽい衣装や内装を用意し、俳優兼合気道師範代(麿赤児)に「教祖っぽい」振る舞いを習い、様々な宗教を継ぎはぎにした教えをもとに、身の上相談から始める。すると、思いのほか近隣の人々が訪ねてくるように……。

 まずメイン2人のキャスティングと、相性が、文句なしに良い。
 最初の安心感は、エリート公務員の人生を大きく脱線させる役割を担う、NHKドラマが絶大な信頼を寄せる大東駿介。朝ドラ『らんまん』では主人公・槙野万太郎(神木隆之介)の標本を盗むという最悪の出会いを経て、後に信頼関係で結ばれる友人を演じた。『大奥シーズン2』では、徳川慶喜を清々しいほどクズっぽく演じていたのが記憶に新しい。本作では、お調子者で頭の回転が速く、どこか冷めた目をしている「悪魔の囁き」的な存在・誠が実にハマっている。

 一方、掘り出し物なのが、正彦を演じる劇団EXILEの青柳翔。最初は見るからに胡散臭く、近づいてはいけない危険なニオイを漂わせる大東に絡めとられる被害者のようで、エリート公務員らしく、実にまっとうな(だけど、つまらない)人に見えた。ところが、なんだかんだ誘いに乗ってしまう迂闊さやスキ、意外とすぐその気になる単純さも見え、可笑しさと愛らしさ、低音ボイスによる奇妙な安心感が漂ってくる。

 そんな「食っていくために」宗教を作った2人は、ある意味非常に常識的かつ客観的であるのに対し、そこに集って来る信者たちは皆、どこか欠落していて、歪で、ことごとく濃い。集合の画だけで珍妙なオーラを放っている。

 例えば、「霊が見える」と言い、周囲には虚言癖があると言われてきた占い師(美波)や、兄との性行為により自身をビッチと責める共感力が高すぎるフリーター(松井玲奈)、素直で無邪気で家庭のグチをこぼせる相手を探していた主婦(石野真子)など。

 しかし、「オカルトも洗脳も脅迫もしない、霊感ビジネスなんてもってのほか。入会退会自由」「お布施は悩みの解消の対価としてもらうが、額は自由」を信条とする正彦は、困った人々相手に病院を勧めたり、役所の福祉につなげたり。しびれを切らした誠が「ミュージシャンだって、いまどきはツアーと物販で稼いでいる」と言うと、始めたビジネスは、せいぜいノンカフェインのハーブティを普通の金額で売る程度だ。

 あまりにクリーンすぎるために、最初は疑っていた主婦(峯村リエ)も、真剣に祈願してみたところ、末期がんだった母親が奇跡的に一時回復したことを機に、信者になる。さらに、学校でイジメられている高校生(齋藤潤)や、コンビニで働く大学生で、英会話サークルきっかけで新興宗教「恵法三倫会」から執拗な勧誘を受ける真美(川島鈴遥)、真美を追いかけてきた恵法三倫会信者(河井青葉)までも通うように。

 そんな居場所を得た人達の温かくも奇妙な輪が広がる一方、自分を信じる者たちを「生まれたての赤子」のように感じる正彦は、裏切ることができないと、責任を重く感じ始めて……。

 ちなみに、脚本を手掛ける港岳彦は、自身の祖母が新宗教の敬虔な信者で、口癖が「すべては神さまのおかげ」だったこと、怪我で片目を失明した際のコメント「両目を失明せずに済んだのは神さまのおかげ」に子どもながらに苦笑してしまった経験などを制作決定のコメントとして綴っている。

 本作を観るうち、真実とは何か、信じるとは何かを考えさせられるし、「阿漕な金儲けをしないなら案外悪くないのか」「もっとこうしたら儲かるんじゃ?」などと考えてしまう自分の単純さや邪な考えも見えて来る、実に不思議な物語なのだ。

今回ご紹介した作品

仮想儀礼

放送
NHK BSほかで放送中

情報は2023年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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