田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!
不適切にもほどがある!

2024/2/29配信

ハラスメントに対する自分自身の価値観に問い直しを迫る2作

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

 旧ジャニーズ事務所や吉本興業、宝塚など、エンタメ界で長年にわたって蓄積されてきた闇が一気に噴出した2024年。はたして「昔はこんなこといくらでもあったのに、今はコンプライアンスなどいろいろうるさくなった」のか、「昔は良かったことが、今は許されなくなった」のか――そんな世間の、自分自身の価値観に問い直しを迫る2作が、今冬に登場した。

 1つは宮藤官九郎脚本×磯山晶プロデューサー×阿部サダヲ主演の『不適切にもほどがある!』(通称『ふてほど』/TBS系)。もう1つは、練馬ジムの同名漫画を原作に据えた原田泰造主演の『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(通称『おっぱん』/東海テレビ・フジテレビ系)。いずれも昭和脳の“おっさん”が主演。

 前者は令和にタイムスリップすることで、後者は二回り以上年下のゲイの友人ができたことで、いずれもこれまでの自分の「常識」と向き合うきっかけを得る作品……と、放送開始当初は思っていた。

 しかし、2月21日現在で前者は第4話まで、「ふてほど」は第7話まで観た段階では、個人的なオススメを問われたら、「ドラマ好きで、時間があるなら、ぜひどちらも」「時間がなく、人権意識にいまひとつ自信や関心がないなら、まずは『おっパン』を」と答えるだろう。

 仮に偏見や無自覚な差別意識、固定観念を「おっさん」と呼ぶとして、なぜなら『おっぱん』は、性別や年齢問わず誰の中にもいる可能性のある「おっさん」に気づき、見つめ直し、アップデートするきっかけを与える作品であるのに対し、『ふてほど』は自分自身と向き合う必要性に気づかず、「懐かしい!」「昭和は良かった」に終始する人を生産するリスクがあるためだ。というか、現時点ですでに大量生産されつつある気もする。

『おっパン』の主人公は、世間の古い常識・偏見で凝り固まった男性・沖田誠(51)。第一話では家族から「堅物」と嫌われ、会社では部下たちからデリカシーのない言動を敬遠されていた。それは自分の信じる道を突き進んで来た結果だったが、3ヵ月前から引きこもっている高校生の息子が家に連れて来た友人がゲイだと知り、反射的に否定してしまう。そこで、息子に「お父さんみたいな人には絶対なりたくない!」と全否定され、落ち込んだ誠に息子の友人・大地が友達になろうと提案してくれたところから、誠は自分の「常識」をアップデートしていくことになる。

 まず「男らしさ、女らしさ」の押し付けに気づき、娘の「押し活」を知ることで、誰かの大事にしている世界を否定するのはダメだと気付く。息子の変化を褒めたくなるが、デリカシーがないと考え、声を掛けるのを我慢する。妻が家庭を支えてくれていることに、今さら気づく。

 一方、アップデートしたことによる弊害も起こって来る。

 例えば、LGBTQについて少し学び、認めているからこそ、大地と恋人の男性との恋愛を全く悪気なくアウティング(同意なく性的指向を暴露)してしまう。ハラスメントについて理解してきたことで、自分より年長者のえげつないパワハラ、セクハラに違和感を覚えるようになるが、部下と上司の間で板挟みになる。好きになる相手が同性でも異性でも良いと思うからこそ、息子が同性の友人と、異性の友人とそれぞれに仲良くしているだけで、それを「好き」「付き合っている」などとすぐに決めつけ、息子に激しく拒否反応を示される。

 51年間かけて作られた「常識」のアップデートは容易じゃない。少しアップデートしたら、それにより歪みが生じることもあり、そこから不具合を見直して、さらなるアップデートが必要になる。三歩進んで二歩下がる、遅々とした歩みかもしれない。

 一方、『ふてほど』は、1986年と2024年とタイムスリップを軸に繰り広げられる物語。中学校の体育教師で野球部顧問の小川市郎(阿部)は17歳の娘・純子と暮らすシングルファザーだが、ある日偶然乗ったバスがタイムマシンだったことから、2024年にタイムスリップする。そこでコンプライアンス意識の低い市郎の言動は、度々問題視されるのだが……。

 例えばハラスメントについて、何が良くて何が悪いかわからない、ガイドラインが欲しいというくだりで、市郎がたどり着くのは「みんな自分の娘だと思えばいい。娘に言わないことは言わない。娘にしないことはしない。娘が悲しむことはしない。娘が喜ぶことをする」という結論。

 逆に家族だから許されるという思い込みやプライバシーの侵害などに、『おっパン』の誠だったら、息子に否定されて傷つき、気づき、時間をかけて理解していくはずだが、これが「現時点の市郎の限界」ということに『ふてほど』は言及しない。

 もちろん制作側はこれで解決とは思っていないはずだが、残念ながらSNSの反応を見る限り、「わかりやすい!」と納得している人が多かった。これでは考えることの放棄につながりかねない。

『ふてほど』を観て「やっぱり昭和は良い。令和は息苦しい」などと宣う人にこそ、入門編としてぜひ勧めたいのが『おっパン』だ。

不適切にもほどがある!

今回ご紹介した作品

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

放送
東海テレビ・フジテレビ系で土曜23時40分~
配信
FOD、TVerほか

不適切にもほどがある!

放送
TBS系で金曜22時~
配信
Netflix、U-NEXT、TVer

情報は2024年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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