田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の2番目の憂鬱

2024/5/31配信

高橋一生×橋爪功の会話劇の妙技が光る

 各話の最後に必ず、続きが気になり、次の話をすぐ観たくなる場面「クリフハンガー」を盛り込む韓国ドラマなどは、イッキ観させる中毒性がある。その対極に、日本のドラマの1つの得意分野「日常系」「雑談系」があると思う。

 古くから日本では会話主体のホームドラマの良作が多数作られてきたし、『すいか』(2003年)、『カルテット』(2017年)、近年では『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年)あたりもその系譜だろう。

 実はそんな「雑談系ドラマ」の良作が土曜夜にぶつかってしまったことが、今春ドラマの悩ましい点だ。1つは前回取り上げた『おいハンサム!! 2』(東海テレビ・フジテレビ系)、もう1つは橋部敦子のオリジナル脚本、高橋一生×橋爪功+本田翼の土曜ナイトドラマ『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の2番目の憂鬱』(テレビ朝日)だ。これは2023年1月期に放送された『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の憂鬱』の続編でもある。

 地方都市で代々続く煙火店(花火店)の4代目・望月航(橋爪)が亡くなり、その後、後を継ぐ息子・星太郎(高橋)の前に幽霊となって現れる。そこに、人生の岐路に立ち、星太郎の弟子入り志願で来た水森ひかり(本田)も加わり、男と女、幽霊の奇妙な共同生活が進んで行く。

 前作では、航が幽霊となって現れた真の目的や、星太郎とひかりの関係性の変化などが描かれたが、そこから1年後。コロナ禍もようやく落ち着き、花火大会も復活、星太郎はメディアの記事を機にSNSでもてはやされるようになるが、そうした状況にウンザリして自堕落になり、自室に引きこもるように。望月煙火店が開店休業状態となる中、ひかりは他店を手伝い、花火職人としての腕を磨くが、ある日、2人の前に再び航が登場。さらに、望月煙火店の花火の「紅」に憧れる野口ふみか(宮本茉由)が星太郎に弟子入り志願&唐突にプロポーズ。やがてふみかも住み込みとなり、独身花火師と美女2人、幽霊の生活が始まる。

 本作の魅力は、シリーズ前作から続き、会話の面白さだ。「幽霊」橋爪功は、なんらCG処理されるわけでもなく、普通にそこにいる。その姿が見えるのは、星太郎と、第六感を持つひかりだけ。そうしたファンタジー設定が違和感なく入ってくるのは、役者の掛け合いがナチュラルだからだ。公式サイトにある「高橋一生×橋爪功+本田翼」の四則演算の記号に、その魅力が端的に示されている。

 何しろ星太郎は、SNSでチヤホヤされると引きこもり、ふみかの弟子入りが決まると、毎日の昼ご飯をどうするか悩むほど繊細かつ面倒くさい男だ。父が再び現れたことにも、その理由を考え、穴に落ちる夢を見たり、苦手な猫が来ることに悩んだりするほど。

 また、ふみかの純粋な花火愛を見て、はたして自分は花火を好きなのかと自問する。そこから、ずっと当たり前にあった家が、花火がなくなったら、どうしたら良いかわからない、それって好きってことなのか? などとウダウダ考える永遠の中二病ぶりを発揮している。

『カルテット』の家森諭高しかり、『岸辺露伴』シリーズしかり、こだわりが強くて繊細でややこしくも愛おしい男を演じさせたら、高橋一生は当代きっての名手である。そんな高橋と絶妙な掛け合いを見せるのは、「ホームドラマ」の土台を支えつつ、神出鬼没で猫のように軽やかで自由気ままな幽霊を演じる橋爪功の達者な芝居だ。さらに、本作では良いバランスとなっているのが、本田翼。日頃、演技仕事について手厳しい批評をされがちな本田だが、本作では橋爪×高橋というコクのある名人芸の掛け算の外側にいて、からりと明るく大雑把な心地良さを加えている。高橋と本田の間にロマンスの香りがまるでしないのも良い。

 そんな会話主体の本作で出色だったのは、第5回(5月14日放送分)。3人(人間2人+幽霊1人)のバランスを変える存在・ふみかが住み込みになることに星太郎が抵抗感を示し、理由として「長風呂」を挙げる。星太郎に言わせれば、女性が2人になることで、長風呂×2になるというのだ。

 しかし、ひかりの風呂はせいぜい30分。そこから「長風呂の境界線」が俎上に上がる。星太郎が思う、長風呂は30分、普通は20分。だったら25分は? と。一方、ひかりは30分を普通と言い、60分を長風呂と考える。だったら45分は?

 そこから、一本の線で区切ることなんてできない、線を引けるものもあれば引けないものもあって、世の中には線が引けないものだらけという結論に。さらに、話題は「あっちの世界にいるはずなのに、こっちの世界にいる、でも姿は見えない」幽霊の航の存在に及び、「縁側もそう。家の外側でもあり内側でもある」と続く。

 実際、お盆に先祖が帰ってくるという供養の行事もそうだし、身近な人や動物などを失ったことのある人なら、「いないはずなのに、いる」感覚は、なんとなくわかるのではないか。

 どうでもいいウダウダのやり取りの中に物事の真理がある「日常系」「雑談系」の佳作の系譜として、見守りたい1作だ。

今回ご紹介した作品

6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の2番目の憂鬱

放送
テレビ朝日系で土曜23時30分~
配信
TELASA、TVerなど

情報は2024年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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