田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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1122 いいふうふ

2024/7/19公開

不倫を公認? 夫婦の愛のかたちと心の葛藤

 渡辺ペコの同名漫画を原作に据えたPrime Video配信中のドラマ『1122 いいふうふ』。『愛がなんだ』(2019年)などで知られる今泉力哉が監督を務め、脚本を『聴こえてる、ふりをしただけ』(2012年)などで知られる今泉かおりが手掛けた、初の‟夫婦合作”で描く夫婦のドラマだ。

(C)渡辺ペコ/講談社 (C)murmur Co.,Ltd.

 主人公は、ウェブデザイナーの相原一子(高畑充希)と文具メーカー勤務の夫・二也(岡田将生)の夫婦。二人は結婚7年目で仲良しだが、セックスレスで子どもはなく、円満な夫婦関係を継続するために不倫を公認する‟婚外恋愛許可制”を選択している。

 二也の恋人は、生け花教室で知り合った専業主婦・美月(西野七瀬)。美月は仕事一辺倒のモラハラ夫・志朗(高良健吾)に療養児の育児を丸投げされ、夫婦の関係が冷め切っていた。

 そんな2組の夫婦は、毎月第3木曜日の夜、二也と美月が恋人として過ごすことで平穏が保たれているかに見えた。しかし、徐々にバランスが崩れ、歪みが生まれ、やがて一子も……。

(C)渡辺ペコ/講談社 (C)murmur Co.,Ltd.

 ‟婚外恋愛許可制”というと、自由で奔放な印象を抱く人も多いだろう。しかし、それぞれの悩みや葛藤は複雑かつ切実で、理解できる部分も多い。

 例えば、一子。最初は二也に求められ、「最近こういうのムリで」「気が向かないというか」と拒絶し、「十分仲良しだし、言葉でコミュニケーションとれてるし、なくても良くない? 家族なんだし」として「風俗とかは? 家以外でなんとかできないかな」と勧める。そこで心が折れたニ也は家の外に好きな人を作ることに。

 ここで思い出されるのが、奈緒主演、永山瑛太、岩田剛典、田中みな実出演でセックスレスに悩む2組の夫婦を描いた『あなたがしてくれなくても』(2023年)だ。

 このドラマで意外だったのは、誠(岩田剛典)の妻でキャリアウーマンの楓(田中みな実)に対してSNSで批判の声が続出したこと。

 ファッション誌の副編集長に就任したばかりの楓は、日々プライベートも犠牲にして仕事に打ち込み、家のことをやってくれる誠に感謝もしているが、誠に求められると拒絶してしまう。それは多忙ゆえの疲労と心身の余裕のなさ、チャンスに妊娠でキャリアを分断するリスクは避けたいからなどの理由からだったが、楓の拒絶には「夫が可哀想」「楓に結婚は向いてない」「そんなことなら結婚しなければ良いのに」という声が溢れていたのだ。

 それってそこまで責められることか? 性欲が男だけでなく女にもあるように、疲れや面倒くささから無理ということも、男だけでなく女にもあるはずなのに。その点、本作の一子の提案は、言い方はともかくとして、それが2人の合意なら合理的で案外悪くない気もしてしまう。

(C)渡辺ペコ/講談社 (C)murmur Co.,Ltd.

 ところが、軽視し、面倒くさがってないがしろにしたセックスにより、夫婦はどんどんややこしくなっていく。「家で生活、外で恋愛」は綺麗に線を引けるものではなく、二也は家でもケータイをせつな顔で見たり、ルンルンオーラがダダ漏れしていたり、月1回のデートのスケジュールを相手の都合に合わせて変更し、夫婦の約束を反故にしたり。

 挙句、お互いへの感謝と労いの日として大切にしてきたお互いの誕生日に、仕事と嘘をついて相手とデートに行き、それがバレてしまう。

 ときめきや性欲・情欲を外で満たし、家の中では穏やかな凪のような信頼関係・愛情を育むという合理的な切り分けは、やはり現実には難しい。

 それを象徴しているのが、二也が昼休みに面白い形の雲を見て恋人にLINEすること。他愛のないことを伝えたい相手は、その感情が恋愛か家族愛かといった枠組みはともかく、脳内で最優先されていて、生活に侵食してしまっている。

(C)渡辺ペコ/講談社 (C)murmur Co.,Ltd.

 にもかかわらず二也は、一子にも恋愛の匂いが漂い始めると、気になるし、美月に子どもと3人で暮らせないかと言われると、露骨に引く。そんな自分に「俺これ、クズなのでは」と驚くところは実に人間臭く、そのあたりのアンバランスさや矛盾を岡田将生は絶妙に表現している。

 さらに2人の秘密だと思っていた不倫が、二也にとっては妻公認という安全圏での行為であることを知った美月は「私はあなたたち夫婦のバランスをとるための緩衝材?」と怒りをぶつける。それでいて、夫に不倫がバレると、好きだから殴らないという夫に対して夫婦関係の主導権を握り始めるのも不条理なリアルだ。

 だが、とある事件から公認不倫に終止符が打たれ、一子と二也は互いが蓋をしてきた思いを打ち明ける。そこから修復するかと思いきや、また新たな問題が……。

(C)渡辺ペコ/講談社 (C)murmur Co.,Ltd.

 親子と違って理論上はいつでも他人になれるし、共に過ごす時間や担う役割・相手に期待することも友達とは異なる「夫婦」。ドラマ第1話冒頭では日本国憲法第24条が登場した。

「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」

 この「相互の協力により、維持」がいかに重要で難題かを、夫婦を選択する時点で考える人はおそらくほぼいない。そんな当たり前のことを改めて考えさせられるドラマだ。

今回ご紹介した作品

1122 いいふうふ

配信
Amazon Primeで独占配信中

情報は2024年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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