田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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笑うマトリョーシカ

2024/8/19公開

権力と陰謀が交錯する政治サスペンス

 今夏ドラマの中で、グイグイ引き込まれる吸引力の高さとキャスティングの妙、純粋な「面白さ」において群を抜いているのが、早見和真の同名小説を原作に据え、水川あさみが主演を務める『笑うマトリョーシカ』だ。

 物語の軸となるのは、愛媛の名門男子校でクラスメイトだった2人――抜群な人気を誇る政治家・清家一郎(櫻井翔)と、彼のブレーンである有能な秘書・鈴木俊哉(玉山鉄二)。原作での主人公は清家一郎だが、ドラマではそんな2人に迫る新聞記者・道上香苗(水川)を主人公に改変。清家一郎の‟得体の知れない不気味さ”を際立たせる巧い構成となっている。

 第1話冒頭では、社会部の敏腕記者・兼高(高ははしごだか/渡辺いっけい)が何者かに電話をかけ、「今、調べていることがあって」と告げた矢先、突然突っ込んで来た車によって絶命するシーンが描かれる。車内には兼高が調べていたらしい清家と鈴木の写真が……。

 そこから場面は一転。新内閣に43歳の若さで厚生労働大臣として初入閣した清家一郎が注目される中、道上は清家が刊行した自叙伝の紹介記事の取材で愛媛・松山にある彼の母校を訪れていた。しかし、担任の口から語られたのは、清家の存在感の薄さと、自叙伝には登場しない優等生・鈴木俊哉の存在。鈴木は高校では学年1位の成績で、東大に現役合格した頭脳の持ち主だが、父親の不祥事により、自身は表に立たず、ブレーンとして清家を高校の生徒会長に押し上げ、今も秘書として清家を支えているという。

 なぜそれほど重要な人物を清家が自叙伝に登場させなかったのかという点に違和感を抱いた道上は取材を開始するが、そこに一本の電話が。相手はしばらく会っていなかった父で、同じく新聞記者の兼高。ここで冒頭のシーンとつながるのだ。

 兼高は28年前に発覚した贈収賄事件のBG株事件を追っていた。しかも、その事件で逮捕された男の息子が鈴木で、兼高は亡くなった当日に鈴木と会う約束があったのだ。

 本作の魅力は、櫻井が「万華鏡のよう」と評していたように、展開も軸になる視点も、それぞれの人物の見え方もめまぐるしく変わっていくこと。

 最初は爽やかさと聡明さ・腹黒さが混在しているように見えた清家だが、記者の前で話すコメントを鈴木に手渡され、暗記している様子は、頼りなく子どもっぽく、薄っぺらで、対比として玉山鉄二演じる鈴木の落ち着きぶりとキレ者具合が浮かび上がってくる。そうなると、清家が単なる「空っぽの器」で、鈴木がそれを利用して自分の父の仇をとろうとする老獪かつ狡猾な人物に見えてくるのだ。

 清家が丸く大きな目で真っすぐに言った「これからも僕のことを見ていてくださいね」の言葉を、道上は、鈴木にコントロールされている清家のSOSではないかと受け取る。そんな中、道上の部屋に何者かが侵入、兼高のBG株事件の資料や取材ノートが盗まれてしまう。道上はますます鈴木への疑惑を深めるが……。

 実は清家の私設秘書・武智(小木茂光)も不慮の交通事故で命を落としており、武智の死後に清家が彼の地盤を継ぎ、27歳で初当選していたことがわかる。

 さらに取材を進める中で、清家が大学時代に交際していた美恵子(田辺桃子)との出会いを機に、かつては肯定していたヒトラーのブレーン・ハヌッセンを、卒論では批判していたこともわかる。ハヌッセンはヒトラーによって43歳で暗殺されたが、現在43歳の鈴木も事故に遭い……。

 清家の不気味さ・怖さは、「中身が空っぽ」であるゆえに、何でもたちまち吸収することにあった。道上と食事をした際、道上が語った「親族里親」制度の話を真剣に聞いたかと思えば、すぐさま取り入れ、会見で自分の考えのように語ってみせる。また、鈴木の考えも、美恵子の思想も全部取り入れていくのだ。

 最初は、見るからに育ちが良さそうで、笑っていても目が笑っていない、AIのような政治家・清家に櫻井翔があまりにハマりすぎていて、彼の芸能生活と好感度に影響が出ないか心配になるくらいだった。しかし、全体にキャスティングがうまくハマっている中でも、櫻井翔は抜群に良い。本作は、彼の役者としての幅を大きく広げると共に、いつでも笑顔を求められるアイドル像や爽やかなキャスター像からの脱皮という明確な覚悟が込められた挑戦になっているように思う。

 自分の意見を持たず、周りの人間の意見を真綿のように吸収し、何色にでも染まり、それを自分のもののように表現する清家。支配欲をそそる無限の可能性を秘めた「空っぽの容器」を利用するハヌッセンは誰なのか。また、剥いても剝いても中身が見えない「マトリョーシカ」の芯にあるものは何なのか。

 コロナ禍では人々の不安をエサに様々な陰謀論が生まれ、虚実の入り混じる世界が広がった。そんな中、「空っぽの容器」によってあぶり出される人間の「欲望」「本能」とは――。人間の怖さや面白さを知る夏のホラーとしても一級品だ。

今回ご紹介した作品

笑うマトリョーシカ

放送
TBS系で金曜22時~
配信
U-NEXT、TVer

情報は2024年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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