田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

3000万

2024/11/8公開

突然手にした3000万円が平凡な家族の運命を翻弄

 配信が一気に浸透し、「気づくとNetflixなどの配信ドラマばかり観ている」「観るのは海外ドラマばかり」という人も少なくないかもしれはい。

 実際、配信の海外ドラマは、やめられない・とまらないで、一気観してしまい、寝不足になることもしばしば。日本の地上波連ドラなどと、もちろん予算や時間のかけ方も違うだろうが、「クリフハンガー」の手法(劇中で盛り上がる場面、絶体絶命のシーンや新展開などで結末を示さないまま終わる)などを巧みに用いた脚本の吸引力の違いも大きいだろう。

 そんな中、いわゆる海外ドラマの手法でドラマ作りをしているのが、安達祐実主演・青木崇高出演の『3000万』だ。

 海外ではシリーズドラマを制作する際、複数の脚本家が「ライターズルーム」という場に集い、共同執筆することが一般的という。そんな中、2022年にNHKが新たに立ち上げた‟脚本開発に特化したチーム”「WDR(Writers' Development Room)プロジェクト」への応募者2000人以上から脚本家10名を選出、連続ドラマの第1話19作品を仕上げた中で最初の1作を選び、10名の中の4名(弥重早希子、名嘉友美、山口智之、松井周)を再招集して作られたのが本作だ。

 主人公は、コールセンターの派遣社員として働き、日々倹約に努めている佐々木祐子(安達祐実)。ピアノに励む息子・純一(味元耀大)が生きがいだが、悩みは家のローンや教育費の問題で、大した稼ぎもないのに「なんとかなる」と楽観的な元ミュージシャンの夫・義光(青木崇高)に苛立ちを募らせている。そんなどこにでもいる平凡な一家が運命を狂わされるきっかけが、バイクと衝突スレスレの事故を起こしたこと。

 事故の相手は意識不明の重体になるが、夫婦には過失がなく一安心。ところが、純一が相手の所持していたカバンを勝手に持ち帰っていたことが発覚。その中身は3000万円の札束だったことから、大混乱に。

 最初は返そうとする祐子たちだが、疑われるのではないかと思うと、返しづらくなり、ついにネコババを決意。だが、3000万円が強盗事件と関わりがあるらしいことがわかると、怖くなり、現場にカバンを置きに戻るが、怪しい男二人組・蒲池(加治将樹)と長田(萩原護)に絡まれてしまう。

 だが、返すのが惜しくなった義光がこっそりカバンの中身をすり替えていたファインプレー(?)により3000万は死守。

 ところが、その頃、死ぬと思っていた事故の相手・ソラ(森田想)が目を覚ましていた。

 第2話では、蒲池と長田が3000万円紛失の件で、指示役・坂本(木原勝利)から脅され、ソラを拉致しても3000万円のありかを突き止めるよう指示される。清掃員に扮し、ソラの入院する病院に侵入した二人と、一触即発で祐子と義光も病院へ。義光が血に見立てたケチャップ付きの札束をトイレにばら撒き、警察をひきつける間、ソラに接触した祐子だが、とんでもない提案をする。

 それは、警察の足がつきにくい佐々木家で3000万を保管するかわりに、手数料1000万円を支払えというもの。憤りつつもその提案を飲んだソラは、代わりに自分を脱出させろと要求。祐子とソラはおかしな共闘状態で病院を抜け出すが、蒲池に行く手を阻まれ、絶体絶命に。

 そのとき、車に積んでいたフライパンで祐子が蒲池を殴打。蒲池が起き上がると、今度はソラがフライパンで殴り、蒲池は湖へ沈んで行く……。

 スリリングながら絶妙におかしいのは、咄嗟の武器として登場するフライパン。これは、祐子にとって望まざる義光からのプレゼントだった。

 大金を手にして財布の紐が緩んだ佐々木家では、朝から食卓に高級マスカットが並んだり、息子の電子ピアノが壊れ、買い替えを検討しているタイミングだというのに、義光は自分のためにギターを新調したりする。そして、ついでのように祐子に買ってきたのが、高いフライパンだった。

 なんで自分にはギターで、妻にはフライパン? 良かれと思って選んだプレゼントが「家事担当」としての押し付けである無神経さは、義光という人物をよく表している。しかも、血の擬装で使われたケチャップも義光の嫌なクセがヒントになっていて、平凡な日常と犯罪が隣り合わせであることを印象付けている。

 素晴らしいのは、いったん道を踏み外してからの安達祐実の表情が見たことがないほど全開にはじけまくっていること。また、青木崇高の絶妙な匙加減の腹立たしさが、途中からおかしさになり、いわば「共犯」となったことにより、停滞していた夫婦の関係にも血がめぐり始めること。

 スピーディで先の読めない展開や、思いがけない人々の言動は、複数人によって手間暇かけて練られた「集合知」によるもの。そんな脚本を役者も楽しみ、翻弄されつつ、見たことのない世界に向かっていく物語としての力強さがある。それこそがチーム制脚本の強みではないか。

今回ご紹介した作品

3000万

放送
NHK総合にて土曜22時~放送中

情報は2024年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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