田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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わたしの宝物

2024/12/13公開

「托卵」をテーマに人間の心理を丁寧に描く

 好感度抜群の松本若菜が連ドラ初主演作『西園寺さんは家事をしない』(TBS系)に続いて、フジ連ドラで初主演を務める木曜劇場『わたしの宝物』。‟悪女役”で、禁断のテーマ「托卵」を描くという触れ込みに「ああ、ドロドロの作品か」と思った人は多いだろう。

「托卵」とは、カッコウなどの鳥類に見られる行為で、自分の卵と、誕生した雛の世話を他の個体に託すこと。しかし、カッコウに限った話ではなく、人間においても夫以外の男性との子を産み、夫の子だと偽って夫に育てさせる女性がいるという……と書くと、ますますドロドロの作品と思うだろうか。

 しかし、本作は ‟昼顔妻”を描いた『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(2014年)、セックスレスをテーマにした『あなたがしてくれなくても』(通称「あなして」/2023年)の三竿玲子プロデューサーによる、夫婦のタブーを扱ったドラマの第3弾。また、脚本は「あなして」の市川貴幸。過去2作を観た人であれば、話題性狙いの刺激的な作品ではなく、人間の心理を丁寧に描いた作品であることが想像されるだろう。

 実際、本作を観ると、主人公を「悪女」と断じるのは酷な気がするし、それぞれに苦しさがあり、共感できる部分もある。特に視聴者の心を激しく揺さぶり、翻弄し続けているのが、‟モラハラ夫”宏樹を演じる田中圭の達者な芝居だ。

 主人公で神崎美羽(松本)は、かつては大企業でバリバリ働いていたものの、子どもが欲しいことから家庭に入った専業主婦。しかし、多忙な大手商社マンの夫・宏樹との関係は冷え切っており、モラハラ発言に苦しめられている。

 そんなとき、かつて密かに思いを寄せていた幼なじみ・冬月稜(深澤辰哉)と偶然再会、思いが再燃する。美羽は結婚していることを伝え、冬月もまもなく仕事でアフリカに行くことを告げて、そのまま別れるつもりだったが、ある日、宏樹に無理矢理抱かれ、傷心にあった美羽は冬月と一夜を共にしてしまう。その結果、美羽は妊娠、DNA鑑定の結果、弘樹の子でないことが判明するが、そんな折、アフリカの大規模テロで冬月が亡くなったというニュースが。そこで美羽は宏樹に嘘をつき、宏樹との子として育てていくことを決める。

 いきなり「托卵」の相手・冬月が亡くなるという怒涛の展開に沸いた第1話。ここまでは田中圭のモラハラ芝居がうますぎて、宏樹に嫌悪感を抱く視聴者が多かった。作り手の狙い通りだろう。

 しかし、実は宏樹は外面が良く、細やかに気配りできる気遣い屋で、会社ではパワハラ&モラハラ上司と狡い部下の板挟みで様々な尻拭いをさせられ、苦悩していた。仕事で受けたストレスを家庭内で八つ当たりとして発散させていた事情がわかると、少し気の毒にも見えてくる。しかも、妊娠した美羽に対し、子育てに協力する気はないが、金は出すと冷酷に伝えていたのも、自分のモラハラや弱さを自覚し、父になる自信が持てなかったためだった。

 そんな宏樹が喫茶店のマスター・浅岡(北村一輝)に悩みを打ち明けるうち、徐々に変化し、生まれたばかりのわが子を抱いた瞬間、感情が決壊。訳も分からず涙が溢れ、嗚咽してしまう。例えば生まれたばかりの子も、ペットの死も、「命」は視覚ではすぐに理解できないのに、重みや温度を直に手にした瞬間に否応なく実感を伴い、感情が溢れ出してしまうことはよくある。この宏樹の涙を観た瞬間、視聴者の多くの心は宏樹サイドに寄っていく。

 そこからの宏樹は一転、良いパパぶりを発揮する。観ていて胸が痛くなるほどに。

 しかも、冬月が死んだというのも、冬月に思いを寄せ、彼が恋する相手に嫉妬する同僚・水木莉紗(さとうほなみ)による嘘だった。冬月は生きて帰ってきて、美羽と偶然再会、冬月に美羽が抱きしめられる様子を美羽の‟親友“で宏樹に思いを寄せる真琴(恒松祐里)が偶然見てしまう。そこから真琴は宏樹に美羽が不倫している、子どもも宏樹の子ではないと思うと告げ、動揺した宏樹はDNA鑑定書で「事実」を見てしまう。

「女の勘、いえ、母親の勘です」などと勘のみで暴論を語ってしまうあたり、かなりホラーだが、そんな真琴もまた、夫の不倫で離婚したシングルマザーのため、不倫に対する強い嫌悪感がベースにあるのだ。

 一方、優しく良きパパになった宏樹も、子どもが生まれなければおそらくモラハラ夫のままだったろうし、結果的に不倫になったとはいえ、美羽も夫と別れるつもりだったのだ。

 また、そもそも美羽が仕事をやめずにそのままキャリアを積んでいたら、宏樹と対等な関係のままで宏樹がモラハラ夫になることはなかったかもしれないし、子どもを持つことはなかったかもしれない。それぞれにやむを得ない事情や苦悩・思惑と、そのときどきの選択の上にすれ違い、皮肉な偶然が重なった上で、こじれにこじれた今がある。

 人生の無数の「if」を考えさせられる「托卵」ドラマ。これは案外他人事じゃない。

今回ご紹介した作品

わたしの宝物

放送
フジテレビ系にて木曜22時~放送中
配信
FOD

情報は2024年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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