田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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阿修羅のごとく

2025/2/3公開

向田邦子の最高傑作を是枝裕和監督がリメイク


 向田邦子の最高傑作として名高い『阿修羅のごとく』が、是枝裕和の監督・脚色によりリメイクされた。

 原作ファンやNHKドラマ版のファンにとっては、向田作品の愛憎渦巻く生っぽい人間のリアルを今の役者が演じるのでは物足りないのではないかと思う人もいるかもしれない。ときに争い、口汚く罵り、泣きわめき、かと思えば抱き合って高らかに笑う阿修羅のような四姉妹を演じたのは、宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すず。この4人、ドラマを実際に観るとわかるが、誰一人引けを取らない力と力のぶつかり合いを見せてくれている。

 舞台は昭和50年代、東京の中流家庭に生まれた四姉妹(宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すず)が父・竹沢恒太郎(國村隼)に愛人がいることを知り、母ふじ(松坂慶子)の耳に入れず事態の収拾をはかろうとする。しかし、実は竹沢家の女たちもそれぞれ、人には言えない愛憎や葛藤を抱えている。


 長女・綱子(宮沢)は生け花の師範で、夫の死後女手ひとつで息子を育てあげ、今は一人暮らしだが、仕事先の料亭主人で妻子持ちの(内野聖陽)とつきあっている。また、次女・巻子(尾野)はサラリーマンの夫・鷹男(本木雅弘)との間に子どもが二人いる専業主婦で、生活は安定しているが、夫の浮気に心を砕いている。

 三女・滝子(蒼井)は図書館司書で、男っ気がなく、父の愛人問題を察知するや、興信所に調査を依頼。調査員の勝又(松田龍平)に思いを寄せられている。また、四女・咲子(広瀬)は喫茶店でウェートレスとして働きながら、同棲中のボクサー・陣内(藤原季節)を支えている。

 多くの姉妹が実際そうであるように、姉妹というのは和気藹々と仲が良いときもあれば、最も身近なライバルであるだけに、それぞれの価値観を認め合えなかったり、ときには目の上のたんこぶのように鬱陶しさを感じたりすることもあるややこしい関係だ。


 例えば不倫中の長女は、夫の浮気疑惑に悩む次女にとっては他人の夫にちょっかいを出す仮想敵でもある。優秀で男っ気がない三女と、勉強は苦手だが、華やかで男によくモテる四女とは、得意なことも違えば、価値観も相容れず、それぞれ劣等感もあり、反目し合っている。それでもふと見せる甘えや気のゆるみ、漏れ出る優しさに、やはり血縁関係は特別であることを感じさせられる。

 さらに本作の優れた点は、原作やNHKドラマ版にかなり忠実な一方、さりげなくキャラクター性がアップデートされているところだ。

 そこは是枝監督が、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(グレタ・ガーウィグ監督、2020)を参考にしたと語っているが、一人ひとりが、より主体性を持つ自立した女性になっている。


 例えば尾野真千子扮する巻子は、夫の帰りを待ち、夫の浮気に悶々として、万引きにまで走ってしまう主婦という大枠は同じだが、尾野が演じていることもあり、従順で無力な女性像ではなく、何にでも首をはさみ、口を出し、好奇心旺盛で姉妹をつなぐ存在にも見える。

 また、咲子は自由恋愛の人として描かれているにもかかわらず、男性に振り回され、最も窮屈そうな印象を受けた。しかし、広瀬が扮する咲子はもっと強くしたたかで、ときには相手を飲み込むようなパワーを持つ、自身の欲望に忠実な女性に見える。

 蒼井優と松田龍平のカップルは、演じた二人の雰囲気も相まって、NHKドラマ版に比べ、現代ではある種最も理想的な恋愛観でありパートナーシップに感じられるのではないだろうか。


 それにしても、これだけの顔触れをよく揃えられたものだと思うが、そこはNetflixの資金力によるものでも、世界の是枝裕和監督の名声によるものでもない。

 本作の企画・プロデュースを手掛けたのは、八木康夫氏。TBS在籍時にはプロデューサーとして『うちの子にかぎって…』(84~87)や『パパはニュースキャスター』(87)、『魔女の条件』(99)、『おやじの背中』(14)などの名作を多数手掛け、2018年にTBSを退社、フリーランスのプロデューサーとして企画した第一弾が本作だった。

 TBSでの若手時代に向田邦子作品にセカンドかサードADとして関わった八木氏は、一人前になったら仕事をお願いしたいと向田に伝え、ご本人にOKをもらったものの、その後向田が逝去。結局、実現することなく、積年の願いを形にしたのだった。

 キャストはすぐに浮かんだものの、いつどこで形にするかは全く決まっていない。そこで、ほぼ4人同時に「イメージキャスト」として交渉すると、それぞれから「実現したら素晴らしいですね」と好反応があり、他の方もOKだったら出るという前提で5年前に返事をもらい、翌年にスケジュールをもらって、全員揃った撮影期間が2023年8月だった。是枝監督に依頼したのは、4人のキャストが決まって以降というのも驚きである。


 規格外の大胆な発想からスタート、企画に賛同した豪華キャストが集まり、向田作品ファンの是枝監督がメガホンをとる――その制作過程の面白さも傑出した作品なのだ。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」

配信
独占配信中

情報は2025年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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