田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

フェンス

2025/3/17公開

日米の間にある見えない壁に光を当てるクライムサスペンス

WOWOWオンデマンドにて配信中

 緻密な取材をもとに、人を、社会を深く描く野木亜紀子氏のオリジナル脚本ドラマの中でも2025年現在、最も観るべきと言える1作がアマゾンプライム等で2月1日より配信スタートした。

『フェンス』は、沖縄を舞台にしたエンターテインメント・クライムサスペンスで、2023年にWOWOWドラマWで放送・配信された連続ドラマ。W主演は、松岡茉優と宮本エリアナ。日本のドラマ史上初となる肌の色の違う女性バディだ。

 雑誌ライター“キー”こと小松綺絵(松岡)は、米兵による性的暴行事件の被害を訴える沖縄生まれのブラックミックスの女性・大嶺桜(宮本)を取材するため、東京から沖縄へ向かう。キーは事件の背景を探るべく、観光客を装って桜に接近。桜の祖母が沖縄戦体験者で平和運動に参加していることや、父親が米軍人であることを聞く。

 一方、キーはキャバクラ勤めをしていたころの客で沖縄県警の警察官・伊佐(青木崇高)と再会、そこから米軍犯罪捜査の厳しい現実と、連続暴行事件の可能性を知る。やがて沖縄の複雑な事情が絡み合った事件の真相が見えてくるが……。

 今観るべき理由の1つは、米兵による性暴力の事件が描かれていること。

 現実でも沖縄本島で昨年11月、米兵が20代女性に性的暴行を加え、書類送検されたことが今年1月8日に報じられたばかり。同日の玉城デニー沖縄県知事の発表によると、一昨年末の少女暴行事件から約1年間で米兵による性犯罪は5件も発生しているという。

 また、平成元年から一昨年までの35年間で米軍関係者が不同意性交などで検挙されたのは全国で88件、そのうち半数近くの41件が沖縄県内だった。沖縄が本土に復帰した昭和47年から一昨年末までの米軍関係者による刑法犯の検挙件数6235件のうち、殺人や不同意性交などの「凶悪犯」は586件というデータもある。

 こうしたニュースを見るたび、それを県警もしくは政府が長期間発表しなかった事実を知るたび、強い憤りを感じる人は多いだろう。なぜこの事態を変えられないのか。

 こうした問題に立ちはだかるのが、ドラマのタイトルでもある「フェンス」、不条理な「日米地位協定」である。本作には軍用機の部品落下事故など、実際の事件もモチーフとして登場するが、そうした問題も、辺野古基地問題も、この「フェンス」――日米協定の改定なくして解決は考えにくい。

 本作の登場人物達のセリフを、人々の営みを血の通ったものにしているのは、徹底的に手間をかけた取材だ。

 なにしろ野木氏は2021年冬に現地取材を開始し、日米地位協定に詳しい教授にはじまり、沖縄の警察、米軍側の捜査機関、米兵事件を扱う弁護士、女性支援団体、精神科医や産婦人科医、基地従業員、ミックスルーツの人など、トータル100人以上に話を聞いたという。さらに、本作を依頼した北野拓プロデューサーが、かつて報道記者として沖縄に住んでいたこと、WOWOWのプロデューサーが普天間出身だったことも、沖縄の問題に注がれる様々な立場による視線の解像度を上げている(『TOKION』2023年4月21日の野木氏インタビューより)

 実際、物語はキー目線で進んでいくため、視聴者も最初は沖縄の理不尽な現状について強い怒りを感じるが、物語が進む中で、沖縄の人たちが苦しみをあまり言葉にしないことや、沖縄の問題の複雑さに気づかされる。

 上空を軍用機が頻繁に飛ぶ毎日の中で、基地の危険性を訴える人もいれば、その基地で働く人も、そこに出生のルーツがある人もいる。

 この問題は米軍だけのものでもない。沖縄だけに基地という負の側面を押し付け、他人事の顔をしている我々県外者達がいて、「沖縄は金をもらってる」「努力が足りない」などと攻撃的な言葉を投げかける者もいる。

 さらに、本作では性暴力のその後も描く。本作でも言及される、露出の多い服を着ていたんじゃないか、夜遅くに繁華街を歩いていたなんて……といった、被害者側に理由を求める指摘。これは近年、芸能界などで一気に表面化してきた性暴力の問題において、女性からも挙がっていた言葉であり、非当事者による「二次加害」だ。

 さらに被害者はPTSDなどについて、新垣結衣扮する精神科医から丁寧に説明を受けたにもかかわらず、自ら再び危険の中に身を置いてしまう。精神科医は言う。

「心配なのは次の被害に遭わないか。自己否定からひどい目に遭いにいってしまうこともあるので」「『これくらいたいしたことじゃない』そう思い込むことで、過去の体験を小さくしようとする。心のバランスを取ろうとしてるんだと思います」

 最初は日米地位協定のことに見えた「フェンス」が、実は日本とアメリカ、沖縄と本土、ジェンダーや人種・世代の違い、被害当時者と被害非当事者など、あらゆるところにあると気づかされる。しかし、考え方は違っても、理解はできなくとも、一緒に暮らすことはできる。

 沖縄の問題じゃなく、日本の問題という言葉の重みを受け止めつつ、自分自身の内外にある様々な「フェンス」を考え、見つめ直すきっかけとなる作品だ。

今回ご紹介した作品

フェンス

配信
WOWOWオンデマンド、Amazon Primeなどで配信中

情報は2025年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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