田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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君は天国でも美しい

2025/6/23公開

天国で再会した80歳と30代のオシドリ夫婦!?

Netflixシリーズ「君は天国でも美しい」独占配信中

 Netflixで配信開始が発表された時点で、SNSで話題になった新作韓国ドラマ『君は天国でも美しい』。「山あり谷ありの人生を分かち合い、死別したオシドリ夫婦が天国で再会。ところが、80歳の姿をした妻が目にしたのは、30代に若返った夫だった」という内容で、現世も年の差も超越したファンタジー&ラブストーリーかと思った。

 韓国ドラマ好きには、数々の名作を手掛けてきたキム・ソギュン監督と脚本家イ・ナムギュ&キム・スジンの再タッグであること、『まぶしくて ―私たちの輝く時間―』で第55回百想芸術大賞TV部門の大賞を受賞した国民的女優のキム・ヘジャと“沼落ち”女性が続出しているソン・ソックのW主演ということなど、注目のツボがいろいろあるようだ。

 しかし、韓国ドラマ初心者が予備知識なしで観ると、良い意味で予想を裏切られる。以下、ネタバレあり。ご注意を。

 イ・ヘスク(キム・ヘジャ)は20歳のときに夫のコ・ナクジュン(ソン・ソック)が事故で寝たきりになり、以降60年間、人に疎まれつつ借金取りを生業にし、夫の前では笑顔でケアをしてきた。そんなヘスクが夫の死に続いて、80年の人生を終え、あの世行きの地下鉄でたどり着いた天国駅で「天国で何歳の姿で暮らしたいのか」と問われる。

 ヘスクが選んだのは、なんと80歳。理由は、夫が亡くなる前に言った言葉「20歳でも40歳でも綺麗だったが、お前は今が一番綺麗だ」を大切に覚えていたから。

 しかし、天国ではあえて高齢の姿で生まれ変わる人などほぼおらず、稀にいると思えば犬などの動物で、老いた姿を選んだのも、飼い主だった人間に天国で見つけてもらえるようにという理由だ。

 しかも、肝心の夫は30代の姿を選択しており、自分の言葉がきっかけだったとも知らず、老女の姿で現れた妻に驚く。しかし、そこから夫が若い女性に走るわけではなく、妻を優しく受け入れ、天国で「願いの手紙」を届ける郵便配達人をしながら一緒に暮らし始める。

 面白いのは、80代妻を30代夫がすんなり受け入れる一方で、60年間ずっと笑顔で尽くしてきた妻は天国に来てからずっと怒ってばかりであること。喧嘩の挙句、妻は家を出て、幼い頃に若くして死別した母親に会いに行くが、死んだはずの母がその後も生きていたこと、とある悲しい事情を抱えていたことを知る。

 また、天国に行く者がいれば、地獄に行く者もいて、「天国=ゴール」ではなく、天国でも悪いことをする度にブドウの実が1つずつ届き、ブドウが6個集まると地獄行きになってしまう。しかも、多くの人々に疎まれた借金取りのヘスクが天国に行けたのだから、一般人のほとんどは天国行きだろうなどと思いながら観ていると、借金取りの中でヘスクが行ってきた数々の果てしない「善行」が見えてくるのだ。

 ヘスクには家族同然のヨンエ(イ・ジョンウン)がいるが、実はヨンエは借金取りで訪ねた男の家でネグレクトされていた娘で、見かねたヘスクが食事などさせるうちに愛情がわき、虐待を見て、「借金のかたとして娘をもらう」という借金取りらしい荒っぽい誓約書を突きつけ、救出して育ててきた子だった。この1点のみでも天国確定に思えるが、根っからの世話焼きのヘスクは、ひねくれ者の牧師にご飯を作ってあげたり、かつて金を貸した相手から感謝されていたりする。しかし、ヘスクには次々にブドウが届き、ヘスクの死後1人泣き暮らしていたヨンエまでがなぜか天国と地獄の狭間に現れ……。回を重ねるごとに、「これで地獄行きなら、自分なんて」と自信が揺らいでいく人も多いのではないか。

 胸を打つのは、借金をした人々が一部を除き、ダメ人間ではなく、日々懸命に働き、まっとうに暮らしているのに、貧困からの出口が見えないこと。借りた金も生活費に消えることが多いこと。これは深刻な格差社会の韓国ならではだが、日本の現状も遠くない。

 そして、意外にも多くの視聴者を号泣させているのが、動物の話だ。ペットとの再会あり、虐待され、捨てられた野良犬などの悲しみや寂しさ、人間への復讐計画ありで、序盤では「ペットも家族だものな。ペットロスの話は重要だよな」と思いつつ、涙しながら観ていたが、第8話まで観た段階では同等の大きな柱、場合によっては動物が主役ぐらいの勢いになっている。

 また、最初は親子、なんなら祖母と孫に見えた主演2人が、途中からは年齢差を感じず、自然に夫婦に見えてくるのも面白い。

 ちなみに、ソン・ソックはこの作品では笑顔の素敵な優しく愛情深い夫を演じているが、過去作では悪役も多く演じ、細い三白眼のワルでワイルドな雰囲気と人懐こさとのギャップで女性達を魅了しているらしい。日本で言うと綾野剛的な存在かと思ったら、『最高の離婚』リメイク版で、綾野剛が演じた役にあたるプレイボーイ役を演じていた。

 夫婦愛・家族愛もペットロスもときめきもあり、倫理観の見直しも迫られる良作。観た後は、普段よりちょっと善行多めの生活態度になりそうだ。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「君は天国でも美しい」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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