田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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あんぱん

2025/7/18公開

戦後80年、「朝ドラ」で描かれる戦争とは

『アンパンマン』の原作者・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとし、中園ミホが脚本を、今田美桜が主演を務めるNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『あんぱん』が日々、SNSを沸かせている。

 朝ドラではこれまで多くの作品で戦争を描いてきた。もはや朝ドラを作り続け、放送し続ける意義の1つに「戦争」について伝えることがあると言っても過言ではないと思う。

 そんな中、本作が特異なのは、今田扮する主人公・のぶが軍国主義者だったことだ。

「はちきん(土佐弁で『男勝り』の意味)」の主人公・のぶは、体育教師を目指し、女子師範学校に進学する。しかし、家族同然だった豪(細田佳央太)の出征を機に、兵隊達のために自分にもできることをしようと「慰問袋」を思いつき、学校全体に呼びかけ、街で義捐金集めも始める。そうした活動は新聞に取り上げられ、「愛国精神の鑑」として称賛される。

 朝ドラヒロインの多くは反戦スタンスで描かれることが多い中、これまでも『芋たこなんきん』(2006年下半期)では主人公が、『カーネーション』(2011年下半期)では主人公の娘が、盲目的に軍国主義に染まる様子が描かれている。しかし、両者が「軍国少女」だったのに対し、本作ののぶはもっと積極的に戦争に加担していく。

「愛国の鑑」のぶは、東京高等芸術学校で吞気に過ごす嵩に激怒。のぶの家が営む朝田パンに軍から乾パンの注文が入ると、戦争体験によるトラウマで拒否する草吉(阿部サダヲ)の事情を知らず、乾パン作りを強要してしまう。

 子ども達に夢を思い切り追いかけることを教えたいという思いから教師になったのぶは、戦時下では純粋な子どもたちに、兵隊になってお国のために奉公することや、国民が1つとなって1日も早く日本が勝つことの重要さを教える。

 そんなのぶが戦争に疑問を感じ始めるのは、夫・次郎(中島歩)が言った、日本が戦争に勝てるとは思えないという言葉。そして、嵩の出征時、かつて嵩を捨てた母・登美子(松嶋菜々子)が憲兵に非国民として連行されるリスクを負いつつ、嵩にむかって必死で叫んだ「逃げ回っていいから。卑怯だと思われてもいい。何をしてもいいから……生きて、生きて帰ってきなさい!」の言葉だった。

 本作では、のぶが女子師範学校に入学した受験した第4週終盤から軍国主義の教えが説かれ、戦争・終戦を経て、嵩が故郷に戻って弟・千尋(中沢元紀)の戦死を知る第13週まで、9週余にわたって戦争が描かれた。

 尺の長さだけではない。ドラマで戦争を描く場合、多くは太平洋戦争を指すのに対し、豪が亡くなったのは日中戦争で、それは1937年の盧溝橋事件に端を発すること。日本兵による中国侵略が描かれたことなど、日本の「加害」から目を逸らさなかったことにも大きな意義がある。

 これまでも日本の加害については、先の『カーネーション』で主人公の幼馴染が戦争で犯した加害で心が壊れた描写があったり、神木隆之介主演『らんまん』(2023年度上半期)や伊藤沙莉主演『虎に翼』(2024年度上半期)で関東大震災の際、自警団の暴走で朝鮮人虐殺が行われたことが描かれたりした。

『あんぱん』ではさらにそうした加害が「簡単にひっくり返る正義」のもとで行われた悲しい事実を炙り出す。軍国少女になったのぶは、誰よりまっすぐで純粋だった。教師として子ども達を兵隊に育てるために鼓舞したのも、自らが信じる正義からだった。

 そうした時代では、戦争を嫌う嵩や草吉、豪を戦争で亡くしたことで憎む蘭子(河合優実)は異端だ。そして、これまでの多くの反戦スタンスのヒロイン達よりも、時代的にはのぶのほうが主流だったはずだ。

『あんぱん』を観ていると、いかに戦争が起こるかの道筋が見える。それは、個人の感情を踏みにじり、みんなが同じ方向を見ることを強要する全体主義が、軍国主義へ向かうこと。迷いや疑いを持たないまっすぐさ・純粋さが、誤った判断をさせる危うさを孕むこと。それは、やなせたかしの言葉でもある第一話冒頭のモノローグ「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ、決してひっくり返らない正義ってなんだろう。おなかをすかして困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」に通じる。

 戦後80年の今、戦争を知る人がどんどん減る中、戦争を語り伝える意義は大きい。一方、戦争を知らない世代にとって、日々SNSなどでウクライナやガザで人的被害が拡大する状況を見る今は、戦争から遠ざかるどころか、最も戦争に近づいているときにも思える。

 そして国内では外国人差別が横行し、「日本ファースト」を叫ぶ排外主義の機運が高まっている。おそらくそれぞれに信じる「正義」の名のもとに。

 まずは歴史を学ぶこと。疑ってみること。『あんぱん』が、やなせたかしが、歴史が私達に伝えようとしていることをしっかり嚙み締めたい。

今回ご紹介した作品

あんぱん

放送
NHK総合にて月~金曜8時~放送中

情報は2025年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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