田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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愛の、がっこう。

2025/9/16公開

女教師とのホストの禁断の愛を描く

 フジテレビ木曜劇場。前作『波うららかに、めおと日和』が第124回ドラマアカデミー賞5部門を受賞した。昭和11年(1936年)を舞台に、交際ゼロ日婚という設定で、見合い結婚が当たり前だった時代の純愛を描いた作品だった。

 その後を受けて7月10日に始まったのは、35歳の女教師・小川愛実(木村文乃)と23歳のホスト・カヲル(ラウール)の禁断の愛を描く『愛の、がっこう。』だ。折しも2025年6月28日の風営法改正で、ホストクラブの「色恋営業」が規制される時代。なぜ今、この題材なのか。

 最初、愛実はただの真面目な教師に見えた。生徒に無視され、嫌われているが、それでも一生懸命な女性。生徒の沢口夏希(早坂美海)がホストクラブで大金を使ったトラブルから、愛実は夏希を連れ戻すため「THE JOKER」へ。そこでカヲルと出会う。

 第一話から、欠落を抱えた者同士が補い合う構造が見えていた。カヲルの本名は鷹森大雅。母親(りょう)にネグレクトされ、親にも同級生にも「バカ」と言われ続けて育った。実は「ディスレクシア」という文字の読み書きが困難な障害の可能性があったが、本人も親も教師も誰も気づいていなかった。学校に通いたい思いはあったが、学校が楽しい場所ではなく、ほとんど通えなかった。そんなカヲルを夜の世界に誘ったのは、ホストクラブ「THE JOKER」の社長・松浦小治郎(沢村一樹)。カヲルは「THE JOKERは生まれて初めて俺を受け入れてくれた」と恩義を感じている。

 一方の愛実は、恋人に依存してストーカー状態になり、「死ね」と言われて海に飛び込んだ過去があった。出版社勤務も、教師への就職も、すべて父・誠治(酒向芳)の口利きだった。35歳にして、一度も自分で選択したことがなかったのだ。

 正反対に見えて、実は根底で同じものを求めている二人。カヲルにとって愛実は、幼い頃から傷つけられてきた尊厳を守ろうとしてくれる人。愛実にとってカヲルは、まっすぐ向き合うと相手に逃げられてきた中、逃げずに向き合おうとする人。片やネグレクトの親、片や過保護で支配的な親―両極端な家庭環境で育った二人が、自分にないものを相手から受け取り、成長していく。

「怒らない、差別しない、いろいろ気をつけているのに生徒たちに嫌われる」と嘆く愛実に、カヲルは「逆じゃない?」と言う。「平等なんてうそくさい」。この言葉で愛実は「人」を知り、生徒たちとの関係も変わっていく。

 第5話、カヲルが「先生は俺のことが好きなんだよ」「わかるの! 俺もそうだから」と告白。校門をはさんで「大っ嫌い」と言いながら塀越しに手をつなぐ。第6話、「2人で遠足に行って、それで最後にしよう」。京急電車で三浦海岸へ。砂浜で「先生げんきでな」と書き、愛実が句読点を教える。「先生と俺は句点?」―二人の心が通い、それぞれの世界が広がっていく様を描きながら、違う世界にいる二人は禁断の恋に気づき、自ら別れを選ぶ。しかし結局また再会してしまう。

 周囲の人物たちもそれぞれの形で愛を求めている。婚約者の川原洋二(中島歩)は最初は恋愛と結婚を別モノとし、既婚女性の田所雪乃(野波麻帆)と不倫関係を楽しんでいたが、愛実への思いに揺れる。親友・町田百々子(田中みな実)は「愛実のことは私が一生守る」と支配的な愛情を向ける。宇都宮明菜(吉瀬美智子)は「THE JOKER」の常連客で美容関連会社の社長。「誰かの一番になりたかった」という彼女の孤独も描かれる。

 父・誠治はコンプライアンス担当役員でありながらパワハラで訴えられ、35歳の娘を監禁しようとした時、従順だった母・早苗(筒井真理子)が初めて反抗する。松浦は「23年前」に女ができてホストを辞めようとしたが、止めに入ったスタッフを死なせてしまった過去がある―カヲルが23歳であることから、親子関係を示唆する伏線も張られている。

 高熱で倒れた愛実を看病した翌朝の手紙には「チワワ先生 ねがおのほうが び人だな笑 先生、元気でな。鷹森大雅」。漢字が増え、句読点も使われている。

 木村文乃の感情を抑えた教師の顔と、カヲルと話すとき見せる無邪気な表情が、自立できずにいる女性の複雑さを表現。ラウールの華やかさと哀しみが同居する佇まいも印象的だ。

 脚本・井上由美子の巧みさは、視聴者を先へ先へと心地よく誘導してくれる王道の物語運びにある。ドラマ黄金期から長年活躍するベテラン脚本家ならではの確かな技術が光る。

 井上由美子が描いたのは、モラハラ、パワハラ、ネグレクト、過干渉、経済格差、教育格差といった現代社会の痛みだ。しかしその痛みの中で、懸命に人とのつながりを求める人間たちの姿も同時に描かれる。行き場のなかったカヲルを救った松浦のように、誰かが誰かの居場所になることもある。

『愛の、がっこう。』というタイトルが示すように、私たちは皆、愛を学ぶ生徒なのだ。傷つきながら、間違えながら、それでも誰かとつながりたいと願う。その不器用さこそが、人間の愛おしさなのかもしれない。

今回ご紹介した作品

愛の、がっこう。

放送
フジテレビ系にて木曜22時~放送中
配信
FOD、Netflixにて配信中

情報は2025年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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