田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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いつか、無重力の宙で

2025/10/14公開

30代女性たちが仲間と「人工衛星」をつくる

 NHKよるドラ『いつか、無重力の宙で』は、30代に突入した高校時代の天文部の仲間が集結し、宇宙を目指す物語だ。木竜麻生、森田望智、片山友希、伊藤万理華という達者な役者陣が30代の現在を演じ、高校時代には田牧そら、朝ドラ『風、薫る』でW主演に決定している上坂樹里、白倉碧空、山下桐里が配される。『クラスメイトの女子、全員好きでした』で注目された武田雄樹のオリジナル脚本に、『バリバラ』を経て『パーセント』を企画した南野彩子がプロデューサーを務めるという組み合わせも、放送開始前からドラマ好きの間で注目を集めていた。奥平大兼、生瀬勝久、語りを務める柄本佑も含めて、放送2週間を観た現時点では、出色の出来である。

「大人になるにつれ、この世界の重力が少しずつ大きくなってく……気がする」

 冒頭、主人公・望月飛鳥(木竜麻生)の心の声に共感する人は多いはず。大阪の広告代理店に勤める30歳の飛鳥は、日々、目の前の仕事に忙殺されている。

 そんな彼女の前に、13年ぶりに現れたのが高校時代の友人・日比野ひかり(森田望智)。プラネタリウムに誘われた飛鳥だったが、突然ひかりが倒れてしまう。実はひかりはがんだった。昨年、高校時代以来14年ぶりの宇宙飛行士募集があり、健康診断でがんが発覚。宇宙を目指してJAXAで働いていたこと、病気で夢が絶たれて地元に戻ったことを聞いた飛鳥は、自分は何をやっているんだろうと思う。

 そこで飛鳥は、高校時代の仲間4人で「人工衛星」を自作して打ち上げ、宙から地球を見ようとひかりに提案。疎遠になっていた水原周(片山友希)、木内晴子(伊藤万理華)にそれぞれ再会する。

 久しぶりの友人との再会は嬉しいが、その一方で怖さもあるものだ。突然の連絡には、何らかの魂胆・打算があるのかもしれないから、巻き込まれたくないという恐れ。そうでなくとも、かつての友が別人のように変わっている可能性もある。

 ドラマでは、食事の際、店員に親し気に話す周に飛鳥が(まさか、店員にタメ口きくタイプの人?)と若干引き、それが彼氏だとわかると(彼氏の職場に行くタイプの彼女だった)と別の意味でやっぱり引く一方、周と彼氏の関係は微笑ましく思うシーンがあったが、こうした不安と安心・脱力は、再会の醍醐味の1つだろう。

 しかし、かつての天文部4人には、それぞれ抱えている事情の他に、13年前の「あのとき」のわだかまりがあった。

 高校3年の夏、ひかりが何も伝えず突然退学してしまったのだ。その理由を飛鳥と周に尋ねられたひかりは、当時、血液のがんが発覚し、緊急入院となったことを初めて打ち明ける。友達なのに、なぜ言ってくれなかったのかと責める周に、ひかりは「友達だから、大事に思ってたから」余計な心配をかけたくなくて何も伝えなかったと言う。2人の衝突をなだめようとする飛鳥に、今度は周の怒りの矛先が向かう。

「なんなん、その"自分、中立です"みたいなスタンス⁉」

 大人なのに、注文することも忘れて、周りへの迷惑おかまいなしにエキサイトする3人の会話も心理描写も、実に生々しい。

 しかし、店員に注意され、頼んだメニューは3人ともあのころと同じ。ひかりは、治療が終わったらみんなのところに戻れると思っていたが、時間が経てば経つほどもう前みたいには戻れないんじゃないかという恐れで連絡ができなかったと明かす。周も、あのころを楽しいと思っていたのは自分だけなのかと思い、自分がアホに思えていたのだと本音を吐露し、ひかりに詫びる。

「あのころ」と同じメニューによって、凍結された時間が溶け出したものの、「食べきれるかな」(飛鳥)、「思ったより多かったな」(周)、体は着実にトシを重ねていることを思い出させる演出も巧みだ。

 思えば、30代は最も「重力」を感じる時期かもしれない。自分自身の30歳を振り返ると、子どもがまだ幼く、フリー経験も浅く、母親としてもライターとしても初心者マークを付けて未知の世界で道に迷いつつ、アクセルを無駄に踏みまくっていた。

 既婚・未婚、子あり・子なし、仕事の有無やキャリアの差、パートナーの有無、家庭の事情や健康状態など、項目ごとに無数に分岐した30代は、友と距離が生まれたり、疎遠になったりする時期でもある。

 しかし、30代の頃に感じていた「重力」は、良くも悪くも加齢と共になくなっていき、40代・50代くらいになると、失ったものも手に入れたものも含めて、なんとなくスタート地点に戻り、距離を隔てた友人と再び道が交わること、交流が復活することも現実には多々あるから、人生は面白い。

 ちなみに、同じ人物を演じる高校時代と30歳の役者が並ぶエンディングも、秀逸だ。それは、「あのとき」に閉じ込められ、置き去りにされた自分を30歳の自分が救いに行くようでもあり、今に手いっぱいで未来が見えない30歳の自分に「あのとき」の自分が光を届けてくれるようでもあり、そこだけでも胸が熱くなるのだ。

今回ご紹介した作品

いつか、無重力の宙で

配信
NHKオンデマンドにて配信中

情報は2025年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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