田幸和歌子さんのドラマ批評 - 山田轟法律事務所

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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山田轟法律事務所

2026/4/13公開

『虎に翼』(NHK連続テレビ小説)のスピンオフドラマ

 2024年に放送され社会現象となったNHK連続テレビ小説『虎に翼』のスピンオフ、『山田轟法律事務所』が3月20日夜にNHK総合で放送された。主人公は、本放送時から絶大な人気を誇った山田よね(土居志央梨)。人と人として信頼でつながる轟太一(戸塚純貴)とのバディを愛した視聴者も多い。描かれたのは、戦時中に妊娠・出産を機に法曹界を去ることを余儀なくされた寅子(伊藤沙莉)を責め、「じゃあ、私はどうすればよかったの?」「知るか!」とすれ違った後の空白期間――よねと轟が「山田轟法律事務所」を立ち上げるに至るまでの知られざる物語だ。

 舞台は終戦直後の上野。空襲でひん死の重傷を負ったカフェ燈台のマスター・増野(平山祐介)をリヤカーで運ぶよねの姿から物語は始まる。よねは法の力に疑問を抱きながら路頭に迷う人々のために法律相談を行う中、姉・夏(秋元才加)と再会する。夏は親に女郎として売られた過去を持ち、アントンという米兵と親密になり、置屋を逃げ出すが、やがて絞殺体で発見される。その死は立ちんぼと客のトラブルによる事件として葬られる。

 本作が本放送時よりさらに踏み込んで描くのは、朝鮮人差別や部落差別、「敗戦からの復興」という大義名分のもとに体を売ることを強いられた女性や社会的弱者を踏みつける者達との分断の問題だ。踏みつけられる側に寄り添い、踏みつける側に怒りを爆発させる――それがよねという人間の本質であり、本作はその視点をぶらさない。GHQの通訳・寺田静子(森迫永依)はよねに言う。アメリカは自分達には優しい顔をするが、上野の女性達はモノのように扱っていいと思っていると。よねが「お前も同じだろ」と突きつけると、静子は言う。「覚悟しています。そう言われることも覚悟してこの仕事をしています。それがこの国に生きる女性達の未来につながると信じて」。アメリカと日本、双方の論理に挟まれながらも自分の立場を引き受け葛藤する構図は、沖縄の米軍基地問題など現代の日本が抱える矛盾とも地続きだ。

 人気ドラマのスピンオフというと、人気キャラクターを中心としたお祭り的な内容になりがちだ。しかし本作はその誘惑を退け、現代に地続きの差別や分断の問題を72分の枠で純度高く見せきった。持てる側だった寅子では描けなかった、親に女郎として売られかけ姉を救うために一度オヤジ弁護士に体を許した「持たざる人」の内側からの視点。そこに吉田恵里香の脚本と制作陣の強い意志が感じられる。

 物語の核心は、瀕死のマスターがよねに告げる言葉だ。「決して自分を曲げるな。正しく怒るんだよ。正しく不機嫌でいるんだ」。亡き姉・夏もまた、よねについてこう語っていた。「あの子は舐められたり奪われたりしないために戦う。これからも立派に怒り続けるさ」。亡くなったマスターの写真に目を向けながら、よねは感情を爆発させ涙ながらに言う。「くっそ~! どいつもこいつも私のこと知ったような口きいて。別に怒りたくて怒ってるんじゃない! 世の中がどうしようもないからだ。どんどんクソになるからだ。こうでもしないと自分が死ぬ……」。土居志央梨の全身全霊の芝居に心を持っていかれた視聴者は数知れない。

 こうしたよねの怒りを「不機嫌」「感情的」と批判的にとらえる人は現代にも多い。怒りの内容ではなく態度や口調を問題にして本質から目を逸らす、いわゆる「トーンポリシング」だ。本放送時に最も賛否を呼んだ、寅子が恩師・穂高教授の退任祝賀会で「感謝はしますが許さない。納得できない花束は渡さない」と花束贈呈を拒否した場面も同じ構図だ。正しい怒りを受け入れられない側と受け入れる側の分断が、SNSで可視化された。

 奇しくも放送当日の3月20日(日本時間)、日米首脳会談の映像がSNSで拡散された。ホワイトハウスの玄関で高市早苗首相がトランプ大統領の胸に飛び込むようにしてハグし、その手の甲を撫で、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」と持ち上げた。日本の記者がイラン攻撃の事前通告がなかった理由を尋ねると、トランプは「日本ほど奇襲に詳しい国はない。なぜ真珠湾攻撃を知らせてくれなかったのか」と高市に問い、高市は言葉を発さず目を大きく見開いた。国内外で批判が続出したが、日本の主要メディアの多くは会談を「成功」と報じた。

 米国とイスラエルによるイラン攻撃で多くの命が失われている中、高市もメディアも国民も「正しく怒ること」があまりにも不得手であることを痛感させられる出来事だった。優れたドラマはまるで予知のように時代と重なり合う。よねが絶望の中、怒りに突き動かされるように事務所の壁に書き記した憲法第14条――「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、差別されない」。排外主義と分断が深まる今、この言葉の重みはかつてなく増している。「怒り続けることを心に誓った」という声がSNSに多数溢れたのは、当然の帰結だ。

今回ご紹介した作品

山田轟法律事務所

配信
NHKオンデマンドにて配信中

情報は2026年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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