地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
惡の華
2026/6/8公開
思春期の暴走と変容を息苦しいほどの密度で描く異形の青春劇

©「惡の華」製作委員会 2026 ©押見修造/講談社
押見修造の伝説的漫画を、鈴木福×あののW主演で実写ドラマ化した『惡の華』。思春期の暴走と変容を、息苦しいほどの密度で描く異形の青春劇である。伊藤健太郎×玉城ティナの映画版(2019年)があまりに素晴らしかっただけに、連続ドラマ化のハードルは高いと身構えていた。だが杞憂だった。映画で監督を務めた井口昇がヤングポールとの二人体制で続投し、プロデューサー涌田秀幸も映画版から続けて参加。だからこそ息苦しくも禍々しい世界観は見事に保たれ、原作への忠実度はむしろ映画超えと言えるだろう。
舞台は群馬県・ひかり市、時代設定は1998年。詩集『惡の華』を心の拠り所に、自分は周りと違うと思い込む中学2年の春日高男(鈴木福)が、出来心で憧れの佐伯奈々子(井頭愛海)の体操着を盗み、変わり者の同級生・仲村佐和(あの)に目撃される。秘密を盾に仲村と“契約”を結んだ春日は、その変態的な要求に翻弄され、自らのアイデンティティを崩していく――。漫画、アニメ、舞台、映画と形を変えてきた『惡の華』だが、本作は誇張も整形もせず、原作の体温そのものを画面に定着させようとしている。
全12話という尺は、原作の「居心地の悪さ」を端折らずに持続させる。盗んだ体操着を着せられる屈辱、それを隠して佐伯さんとデートする後ろめたさ、仲村への恐怖と憧れが綯い交ぜになる過程を省略せず積み上げ、観るこちらが逃げ場のなさを感じるほど。それこそ押見修造の原作の毒であり、忠実度が映画を超えると感じる理由だ。
最初はいつも通りの「あの」ちゃんかと思いきや、「クソムシ」を連呼し悪態をつきまくり、春日を押し倒して無理やり佐伯さんの体操服を着せる。それを隠した春日が佐伯さんとデートすれば、長い四肢を蜘蛛のようにバタつかせて背後をうごめき、突然バケツの水を頭からぶっかけて走り去る。理解不能の仲村さんが、画面に確かに立ち上がる。仲村は単なる暴君ではない。「クソムシ」への嫌悪は、裏を返せば嘘をつけぬがゆえの孤独で、あのが演じると、その怒りはどこか痛々しく純度が高い。一方、優等生美少女・井頭愛海演じる佐伯は、当初こそ春日が憧れる「女神」だが、付き合ううちに彼の中の昏いものを嗅ぎ取り、自分になかった感情を開放して執着の果てに壊れていく。「健全な側」のはずの佐伯が最も怖い存在へ変貌し、誰が加害者で誰が被害者かも判然としない。三者の「逸脱」が噛み合う底なしの不穏こそ、本作の白眉だ。
何よりの収穫は、春日を演じる鈴木福だ。自分は周りと違うと自意識をこじらせる一方、本ばかり読んでいるのに勉強は得意でない――そこに人間のリアルな悲哀がにじむ。仲村の「下僕」となり、佐伯と付き合った後は罪悪感と自己矛盾に苛まれ、意味も分からぬまま「向こう側」を手探りする春日を、鈴木福は危ういほど自然に生きる。
日本中にその存在を知らしめたのは芦田愛菜との『マルモのおきて』。わずか6歳で、“国民の理想の孫”芦田愛菜の背中合わせの相棒として、彼は光に対する影の側――一般よりあどけない“子どもらしい子ども”像を背負わされた。以前、筆者が鈴木福にインタビューした際、彼は呼称について「いつまでも『福くん』と呼んで欲しい」と語り、自分を「本当に凡人で、普通の人間」「嘘はつきたくない」と言い切っていた。だが、天才子役の象徴と背中合わせに置かれ、誰もが知る窮屈さを背負った子どもである。葛藤も、こじらせと呼べるものも、おそらくあったろうと想像する。あの言葉は、それがなかった証ではなく、抱えたものと折り合った末の着地のように聞こえる。春日はその種のものを暗い衝動として噴き出させるが、鈴木福はおそらく、似た何かを破壊にではなく一点へ注いだ。たどり着いた形が、筋金入りの“特撮マニア”の顔である。子役時代の出演は『仮面ライダーオーズ』の一エピソードの少年役にとどまったが、諦めず遠回りしながら注ぎ続け、仮面ライダー50周年記念作『セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記』で生みの親・石ノ森章太郎を演じ、『仮面ライダーギーツ』でシリーズ初レギュラー出演に至る。一介のファンが敬愛する世界の内側へ歩み入る――それは春日とは、おそらく違う出口だった。同じ葛藤を、破壊にではなく一点へ注ぎ続けた者の出口。彼の演じる春日は、あり得たかもしれないもう一人の鈴木福のようで、痛々しくも、どこかまぶしい。
『惡の華』が突くのは変態性そのものではない。常識や世間の目に欲望を押し殺し、「クソムシ」として生きることの、静かな窒息だ。仲村が憎んだのも、春日が逃れたかったのも、佐伯を壊したのも、すべてその枠の息苦しさである。誰もが多かれ少なかれその内側で呼吸している。だからこそ、欲望に蓋をせず突き抜けていく彼らに、私たちは後ろめたくも目を奪われる。見てはいけないものに惹かれてやまない――その不思議な憧憬こそ、本作が観る者の奥に灯すものだ。
今回ご紹介した作品
惡の華
- 放送
- テレビ東京系にて木曜24時~放送中
- 配信
- Disney+などで配信中
情報は2026年6月時点のものです。














