辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ファン・ジニ

2022/04/19公開

16世紀朝鮮王朝時代に実在した芸妓の、波乱に満ちた一代記を描いた歴史大作

イラスト/西村オコ

 韓国を代表する歴史的美女といえば、いつもチュ・ノンゲ(朱論介)とファン・ジニ(黄眞伊)があげられる。

 ノンゲは、壬辰倭乱(文禄・慶長の役:1592~1598)のとき、晋州城攻防戦に敗北して自害した夫(崔慶会将軍)の仇を討つため、妓生(キーセン/芸妓)と偽って豊臣軍の宴席に潜入し、酒に酔った武将の一人を川岸の岩の上に誘い出し、相手を抱きかかえて南江に身を投じた義女である。

 他方、朝鮮王朝時代からずっと、淫乱な女性の代名詞とされてきたのがファン・ジニだ。
彼女は1506年、両班(ヤンバン/支配階級)のファン・ジンサを父、平民のチン・ヒョングムを母として京畿道で生まれ、1567年に61歳で病死したとされているが、確かな記録は少ない。

 彼女を妓女と言う人もいるが、8歳の時から千字文を学び始め、10歳でもう漢文古典を読みこなしていた秀才である。しかも、書画やカヤグム(琴)にも優れていて、人々はファン・ジニを「詩人」「作家」「書道家」「画家」「舞踊家」「思想家」と呼んだ。
恐らく、美しく、知性があり、何人もの男を虜にした上、お上の言うことを聞かなかったこと、儒教の教えに反して奔放な性(生)を生きたことなどが、男社会の逆鱗に触れたのだろう。

 儒教的価値観の社会で男に頼らず女性が生きていくには、近年まで選択肢は限られていた。権力者を翻弄するファン・ジニの物語は、民衆にとっては英雄物語だが、力ある男にとっては嫌悪の対象だったはずだ。だから「淫乱」という烙印を長く押され続けたのだろう。

 彼女の作品がほとんど残っていないのは、豊臣秀吉の朝鮮侵略や清との戦争(丙子胡乱:1963年)で焼かれ、残ったものも、お上を侮辱しているとして破棄されたからだ。そのため、現在知られている彼女の人生での出来事も、その多くは名もない庶民の口伝によるものだ。

 そのファン・ジニをハ・ジウォン主演でドラマ化したのがこの作品だ。
物語では、寺に預けられて育ったジニが母を探す旅に出て、偶然出会った妓生の舞に惹かれて舞踊の世界に入り、その才能を開花させていく。
強固な身分制度に縛られた社会では両班との結婚は許されず、男たちとの悲恋が続く。そんな中、ジニは様々な困難を経て芸の道を極めていく。
そんなファン・ジニの人生は、日本でいうなら、かぶき踊りを創始した『出雲阿国(いずものおくに)』(1572年~没年不明)の生き方に似ている。

 ハ・ジウォンは、ホラー映画『ボイス』では雑誌記者、『ハナ』では卓球選手、『シークレット・ガーデン』ではスタントウーマン、『一番街の奇蹟』では女性ボクサーを演じ、『チェオクの剣』ではワイヤーアクションまでこなすなど、どちらかというと筋肉質なアクション系のイメージが強かった。なのでファン・ジニ役はピンと来なかったのだが、このドラマを見終えて、むしろハ・ジウォンだからこそファン・ジニの強さを表現できたのではないかと思えてきた。彼女は庶民が語り継いできたファン・ジニのイメージを見事に映像化してくれた。

 一つだけ残念なのは、韓国舞踊の基本の一つであるオッケチュム(肩でリズムをとること)が、最後までハ・ジウォンには難しかったことだ。いや、むしろ、あれだけアクション感覚に優れたハ・ジウォンが集中的に訓練しても難しいのが、舞踊の世界なのだ。

 妓生は、日本では妓生観光などの形で侮蔑されてきたが、女性が社会階層を登っていく手段が限られていた時代、妓生の学校である教坊は、今でいう学芸大のようなものだった。また、チュム(踊り)は人を解放するものでもある。宴席に忍び込んで夫の仇を討ったノンゲも、多くの男との出会いはあっても最後に残るのは芸だけというジニも、どちらもしびれる女だよね。

 最後に、このドラマで一躍スターダムに上り詰めたのが、ジニの初恋の相手で両班の息子のウノを演じたチャン・グンソクだ。川で修行中のファン・ジニをのぞき見して一目惚れするウノの若く青い恋は、悲恋ではあってもまさにこれが初恋だと言えるほど、彼ははまり役だった。チャン・グンソクファンなら、彼が退場する10話までだけでも見る価値がある。

予告編

今回ご紹介した作品

ファン・ジニ

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情報は2022年4月時点のものです。

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