辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

キルミー・ヒールミー

2022/05/03公開

多重人格の青年の心の再生を描くロマンスコメディ。 7つの人格を演じ分けたチソンの演技力にも注目

イラスト/西村オコ

神川辰子さんからのリクエスト

 思わず唸ってしまったドラマの一つが、チソン主演の『キルミー・ヒールミー』だ。これだけ重い内容を、最後まで、泣かせながらも笑わせてくれる構成は、さすが韓ドラと言えるほどだ。

 物語では、「多重人格」の病を抱えた財閥御曹司チャ・ドヒョン(チソン)が、自分の中にいる多数の人格が引き起こすドタバタの処理に追われる中で、駆け出しの精神科医オ・リジン(ファン・ジョンウム)と出会う。そしてドヒョンは彼女のサポートを得ながら、失っていた子どもの頃の記憶を取り戻していく。ドラマの流れ自体が、まさにカウンセリングそのものなのだ。

 もちろん韓ドラ定番の、御曹司との恋、過去の因縁、初恋の人、記憶喪失、二人の男性に愛されるといった、いつもの要素も満載だ。 その上に、人は人によって傷つくが人によって癒されていく、と語っているかのような展開と、壊れてばらばらになっていた心が一つ一つ統合されていく様が描かれて、これは人間の再生物語でもあった。

「多重人格」は、解離性同一性障害と呼ばれる精神障害で、虐待や恐怖、過度なストレスなどによって、複数の人格が同一人物の中に交代で現れるものだ。
 オーストラリアでは、父親から繰り返し強姦・暴行などを受けた娘が2500人もの人格を持つようになった、史上最悪と言われる児童虐待事件があった。
 報道によると、多数の人格が出てくるのは被害者の「サバイバル戦術」なのだという。生きるために自分を偽って虐待がなかったことにしたり、別人格で加害者に対して強気に出て対抗したりと、被害者がさまざまな形で虐待に対処した結果だと。

 オーストラリアの事件では、娘は目、あご、大腸、肛門、尾てい骨に不治の障害を負い、何度も手術を繰り返しただけでなく、人工肛門形成手術までしなければならなかった。極度の虐待とトラウマの結果の2500人なのだ。
 娘は、「私の別人格たちが父に対する防壁になってくれていた」と語り、裁判では多様な人格の証言が証拠として採用された。

 サバイバーの多くがその後の社会生活に困難を極めているのを見れば、虐待というものは、その行為が終わっても傷が癒えることはなく、苦しみが終わらないことが分かる。

 私が解離性同一性障害の人と初めて出会ったのは、1995年の阪神淡路大震災の被災地だった。震災直後、火災で生きたまま焼き殺された人の遺族など、心が壊れてしまった人たちと、どのように向き合えばいいのかまったくわからなかった。
 あの頃は、この障害について何の知識もなかったからだ。次々に飛び出してくる人格に、ただ呆然としているだけだった。

 このドラマでは、虐待には、被害者と加害者、そして傍観者がいることが示されている。傍観者は加害者も同然だが、無力ゆえに傍観者にならざるを得なかった者も、また壊れていくことを教えてくれている。

 普通、タイトルのキルミ―(Kill me)は「殺して」、ヒールミー(Heal me)は「癒して」と訳すが、私なら「死にたい、けど生きたい」と訳したい。自死念慮の強い人の多くが死にたいと言うのは、まさに、本当は生きたいのに死ねるほど辛いという意味で口に出すことが多いからだ。

 それにしても、チソンの演技力がこれほど開花した作品もないだろう。

  1. 穏やかで誠実な主人公ドヒョン
  2. 容赦のない攻撃性を持つ青年セギ
  3. 酒好きの中年男性フェリー・パク
  4. 自死念慮の強い男子高校生ヨソプ
  5. 現代っ子の女子高生ヨナ

 その他も合わせて7人のキャラクターを彼は見事に演じ切った。

 ファン・ジョンウムと、その兄を演じたパク・ソジュンは、同じ年の『彼女は綺麗だった』でも共演している。そして、2015年はこの2作品が数々の賞を総なめし、この年を代表する作品となった。

 なお、チソンとパク・ソジュンはベストカップル賞も受賞している。チソンは多重人格の一人、女子高校生ヨナとして。こういうの楽しいよね。

予告編

今回ご紹介した作品

キルミー・ヒールミー

DVD発売中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Netflix/U-NEXT/ABEMA/Hulu/FOD 他

情報は2022年5月時点のものです。

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