辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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SKYキャッスル ~上流階級の妻たち~

2022/05/17公開

韓国で社会現象を巻き起こした話題作。受験戦争の行き着く先は…

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読者アーミーさんのリクエスト

 子どもの「お受験」をめぐる富裕層の親たちの奮闘と葛藤、そして受験競争の弊害を見事に描き出したサスペンスドラマで、韓国では大ヒットとなった。最終回は約24%という視聴率を取り、非地上波放送では『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』(2016年)を抜いて最高記録を出した話題作。 ※SKYとは「S=ソウル大」「K=高麗大」「Y=延世(ヨンセ)大」の頭文字で、韓国の三大名門大学を指す。

登場するのは5家族。

  • ハン・ソジンは、上流階級にあこがれて、出自を偽って這い上がってきた。夫はマザコンの整形外科医で、二人の間の娘と、夫の連れ子の娘がいる。
  • ノ・スンヘの夫はロースクールの教授で支配的な性格。娘と双子の息子がいる。
  • 元ヤンキーのチン・ジニは出来の悪い一人息子を溺愛する母親で、夫は大学病院の教授。
  • イ・スイムは童話作家で、こちらも夫は大学病院の教授。息子は夫の前妻の子。
  • ミョンジュの夫も医者で、成績優秀で医学部に合格した息子がいる。

とまぁ、5家族のどれかには自分を投影できるような設定で、大学受験をめぐる親子の苦悩と結果の残酷さに、多くの人が「あっ、私たちの社会ってこうだよね」と、改めて思い知らされる。

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 物語の構成も毎回アガサ・クリスティのサスペンスのように面白く、最後まで一気見してしまう人が続出した。よく韓国の受験競争の過激さが話題になるが、18歳のときの勝負ひとつで人生が決まる(と思われている)システムは、実は韓国も日本も大差ない。違いがあるとすれば、韓国では中学受験や高校受験がなく、まさに一発勝負であるところぐらいだ。

 朝鮮戦争で全土が廃墟となった韓国を立て直すためにとられた経済政策は、結果として集中的に財閥を育成することとなり、あぶれた者たちの多くは移民労働者としてドイツなどに渡った。そして、やっと経済が落ち着くかに見えたとき、今度はIMFによる経済破綻で、人々は過酷な新自由主義のマーケットに投げ出された。

 韓国社会ではいわゆる中小企業の層が薄かったため、SKYの大学を出て医者や弁護士になるか財閥企業に入ることが就職における勝ち組とされた。そして、子どもたちを取り巻く社会は大きく変化しているにもかかわらず、一族の誰か一人でも出世すればそこにみんながしがみつくという古い構造がそのまま残っている。まさに、子どもの受験が一族の命運を分けるのだ。

 すでに日本も韓国も、中小企業はあらかた淘汰され、いま優良とされている企業も10年後には存在しているかどうかわからない状態だ。あれほど熾烈な受験競争を勝ち抜いて入学しても、世界の大学ランキング100の中には韓国も日本も2大学しか入っていない(東大35位、ソウル大54位)。受験のために青春を捨てて得た知識も、世界における影響力は微々たるものだと言えるだろう。

 ドイツでは、小学校は宿題がない。子どもは遊ぶことが仕事なので、宿題など出す教師は罰せられる。大学も含め公教育は無料で、18歳で一斉に大学に行くこともない。「数学オリンピックなどでは日本や韓国中国に勝てないが、大学教育ではドイツの学生のほうがはるかに成績が良いのは、何を学べばいいか、なぜ学ぶのかを理解しているからだ」と言われたことがある。ドイツの教育がなんでも良いとは言わないが、答えさえ合っていれば○をくれる韓国や日本の教育より、なぜそう考えたのかを言葉できちんと説明できてやっと○をもらえる教育の方が、はるかに自分の頭で考える力がつくのは確かだ。世界的にカオスの時代だからこそ、多様な立場から柔軟に考える力が必要なのだ。

 見過ごしてはいけないのは、受験競争の背後には職業に対する貴賤感情があることだ。 単純労働や肉体労働などを卑下する「両班文化」が韓国社会にはまだある。それこそが、社会をより息苦しいものにしている元凶の一つであることは指摘しておきたい。

 ドラマ『SKYキャッスル』は、過激な受験競争にのめり込んだ結果崩壊していく家族を見事に描き切ったが、現実はドラマのように子どもを追い詰めることの愚かさに親が気づくだけでは終わらない。日本も韓国も、貧しい者が社会の中で上昇していく手段に、高等教育という道はもうないからだ。親の経済力がそのまま学力、学歴に反映される社会になった以上、学びの場から切り離された者たちの怒りや不満、不公平感は、恐らくより弱い立場にいる移住労働者などに向けられるだろう。

『SKYキャッスル』が問うているのは、子育てをどうするかだけではなく、どのような社会を子どもたちに手渡すか、なのではないだろうか。

予告編

今回ご紹介した作品

SKYキャッスル ~上流階級の妻たち~

DVD
DVD-BOX1~3好評発売中
発売元:アクロス/クロックワークス/TCエンタテインメント/ひかりTV/GYAO
販売元:TCエンタテインメント
配信
GYAO、ひかりTV他で全話配信中

情報は2022年5月時点のものです。

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筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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