辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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陳情令

2022/06/20公開

壮大なストーリーと映像美が世界を魅了した華流ブロマンス時代劇

 華流ドラマ『陳情令』(2019年)は、世界的にヒットし社会現象まで起こしたブロマンス(男性同士の強い友愛の物語)作品だ。原作は中国のファンタジー小説『魔道祖師』で、こちらは明確なBL(和製英語 boys' love)もので同性愛の物語でもあるのだが、ドラマでは二人の思いを想像させることはあっても直接的な愛情表現はない。

 原作を知る人にとっては、そこがまたしびれるのだ。そして、タイトルにもなっている『陳情令』は、「言葉にできない情を訴える」ことを意味している。

 物語は、ちょっとやんちゃで人懐こいウェイ・ウーシェン(肖戦:シャオ・ジャン)と、無口で実直なラン・ワンジー(王一博:ワン・イーボ)が、様々な謀略をその熱い友情で乗り越えていくというもの。

 何しろこの二人が美しい。古装が似合うだけでなく、時空を超えた原作の世界がそのまま見事に描かれていて、殺陣も指先まで線がきれいで見事なのだ。

 ワン・イーボがヒップホップとダンス出身のアイドルと聞けばうなずくばかり。二人ともキレッキレだ。
 華流ドラマに共通する難点は、登場人物の関係を理解するのが『三国志』を読むように大変なこと。また、華流ファンタジーでは、出てくる魔術とか怪物の意味がわかりにくいという問題もある。しかも、華流ドラマはとにかく長いのだ。50話とか70話続くドラマがザラにある。

 しかし『陳情令』はその長さを感じさせない。派閥や人間関係の複雑さ、正妻の子だけを優遇する問題や差別問題がふんだんに盛り込まれていて飽きる暇がない。しかも、抑圧され殺される弱者の側に立つという眼差しが一貫している。

 たとえ「掟」に反していても、悪人とレッテルを貼られても、いま目の前にいる人を助ける。そんな青い感性をシャオ・ジャンが見事に演じている。それを、言葉には出さないが見つめ支えるワン・イーボの表情がまたいい。

 思えば、少女漫画はいつの時代も最先端を走ってきた。日本でBLの作品が出てきたのは、おそらく1970年代の萩尾望都『トーマの心臓』や竹宮恵子『木と風の詩』からだと思う。少年漫画が相変わらず「少年ジャンプ」的なスポコンやエロ一色だった時代に、男社会から抑圧された少女たちは小さな空間で多様な世界を創造していった。

 かつて、少女漫画の中でBLものが流行るのはライバルとなる女性が出てこない安心感からだと言われていた。そういう面もあるのだろうが、むしろ、人を愛するということに性別などの境界はないというコンセンサスがあったからではないか。

 世界を見渡せば、同性愛は今も迫害の対象にされている。イスラム教やキリスト教保守派によるゲイの殺害は後を絶たず、それらの宗教とは関係ない日本でもゲイに対するヘイトクライムは起きている。同性愛者なら襲撃しても警察に届けないだろうと見られてターゲットにされるのだ。

 愛することに命を賭けなければならない上に、家族にも語ることができないという惨さ。

「男装女子」に恋する物語にはハズレがないと言われるように、ネットフリックスなど配信会社のリストを見ると、韓流の『コーヒープリンス1号店』(2007年)、『トキメキ☆成均館スキャンダル』(2010年)、『雲が描いた月明かり』(2016年)、『恋慕』(2021年)をはじめ、華流でも『萌医甜妻~ボクの可愛いお医者さん~』(2019年)、『アニキに恋して』(2015年)など、いずれも人気を博している。

 確かに、いつ相手が本当は女性だと気づくのかというハラハラ感もいいのだろうが、いずれのドラマでも、男性だと思う相手に恋ごころを抱いた男性が自身の感情におののいたり異常ではないかと悩むシーンがあって、見るたびに不愉快な気持ちになる。

 想像してみて欲しい。これを例えば在日や被差別部落に置き換えてみたらどうなるか。日本人が在日に恋をして、自分はおかしいのではないかと悩み、相手が実は日本人とわかってハッピーエンドなんて、どうしようもない差別感情だろう。そんなものを人気ドラマとして消費し続けているのって、どうなんだろうか。

 私たちは、異性愛の世界しか見えなかったせいで、異性を愛するのが、結婚するのが、子どもを産むのが当たり前、という思い込みがあって、自分の感情に気が付かずにいるだけかもしれないのだ。

『陳情令』は、本当に胸が熱くなるほどの友情ドラマだが、そこには一点の曇りも言い訳もない。ただ、最後まで信じあう二人がいる。そのたたずまいが容姿以上に美しいのだ。

今回ご紹介した作品

陳情令

以下の配信サービスでご覧いただけます。
Amazonプライムビデオ/U-NEXT/dTV/hulu/GYAO

情報は2022年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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