辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

梨泰院クラス

2022/07/06公開

夏ドラマ「六本木クラス」原作。仲間とともに権力に立ち向かう究極の下剋上劇

 評論家の佐高信さんが「『愛の不時着』と『梨泰院クラス』なら、断然後者!」と言い切った、熱血リベンジ・サクセスストーリー。

 主人公パク・セロイ(パク・ソジュン)は正義感の塊で、高校3年のとき、同級生で父の上司の息子でもある、いじめっ子のチャン・グンウォン(アン・ボヒョン)を殴ったために退学処分となり、父も会社を辞めることになる。

 離職した父が長年の夢だった小さな店を開こうとしたとき、なんとこのグンウォンの運転する高級車にはねられ死亡。加害者のグンウォンが金の力で事故の責任を逃れたため、セロイは再度グンウォンをボコボコに叩きのめし、刑務所行きとなる。

 出所後、前科者となったセロイは警察大学校に進学するという夢も潰え、中卒としての人生がスタートする。

 すべてを失ったセロイだが、「堂々と生きていけ」と言っていた父の言葉を胸に、ソウルの飲食店激戦区である梨泰院に小さな店を開き、父の息子として前に進み始める。そして、それは悪との闘いの始まりでもあった。

 韓国社会はソウル大を頂点とする学歴社会で、ソウル大、延世大、高麗大以外は大学じゃないと言われるほど学閥がはびこり、無名大学卒だと就職すら難しいと言われている。そんな中で中卒というのは、もはや社会上昇は不可能というほどのハードルの高さだ。

 しかし、様々な難題にぶつかりながらもセロイは仲間の手を離さず、グンウォンの父チャン・デヒ(ユ・ジェミョン)が経営する業界最大手企業に挑戦し続ける。

 セロイと共に歩き始めたのは、天才肌でパーソナリティ障害を抱える、こじれたネットの天才イソ(キム・ダミ)、宿敵チャン・デヒの婚外子でグンウォンとは異母兄弟のグンス(キム・ドンヒ)、刑務所仲間で元ヤクザのスングォン(リュ・ギョンス)、トランスジェンダーのヒョニ(イ・ジュヨン)、韓国人とギニア人の国際児トニー(クリス・ライオン)、そしてグンウォンにいじめられていた同級生のホジン(イ・デビッド)という、社会的にも排除の対象とされてきた面々だ。

 しかし、彼らに向き合うセロイの眼差しは決してぶれない。

 たとえば、ヒョニの料理の腕が悪いからクビにしろという声が上がったときは、ヒョニに給料を二倍にして渡し、この店で働きたいなら二倍努力しろと背中を押す。そして、「トランスジェンダーだからヒョニと働けないというなら今言え、それが誰であれ俺は切る」と言い切る。

 そんな生き方に魅了され、一人ひとりセロイと共に夢を追いかけようとする仲間たち。この多様な人材とチームワークで、儒教的な価値観を持ち血で継承される老舗企業に競り勝つのである。

 しかも、物語が進むにつれてイソがどんどん成長し、その一途な愛を受け止めて、セロイも自分の本当の思いに気がつく。不器用なセロイの愛情表現が、またいじらしくていい。

 企業買収も絡んだこのドラマは、どの回も飽きさせず、あっという間に16話を見終えてしまうほどだ。
で、私のような企業研修屋の目には、これは典型的なTQC物語に映るのだ。

 TQCとは“Total Quality Control”の略で、すべてのスタッフの知恵を結集して会社の実力を向上させていくスキルだ。
TQCの考え方は戦後日本にも導入され、みんなで知恵を出し合って問題解決をしたり製品の改善をしていくことが、日本経済発展のベースにもなった。

 かつて工場労働が主流だった時代、会社組織は男性ばかりだったが、日本が女子差別撤廃条約を批准し雇用機会均等法が施行された1985年以降、女性も企業社会に登場し始めた。
本来なら、いち早く女性の能力を活用できた会社がマーケットをつかむはずだったが、男性優位社会にいる男たちの多くは、その小さな既得権を決して離さなかった。そしてバブルがはじけると、女性や外国人、縁故や血筋の遠いものから切られていった。

 結局、経済も政治も男だけの世界で、家系重視の一族経営から抜け出せず、成長が止まったままになったのが今の日本である。

『梨泰院クラス』はまさに、多様性のある労働者を大切にした組織が次の時代のマーケットを獲得することをドラマという形で見せつけた、見事な研修教材だ。

 過酷な新自由主義経済の中、企業は差別をしていられるほど暇ではない。停滞する経済を非正規雇用でしのごうと考えている化石のような経営者にこそ是非見せたい作品である。

今回ご紹介した作品

梨泰院クラス

Netflixで独占配信中

情報は2022年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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