辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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緑豆の花

2022/09/16公開

19世紀後期、 時代の波に翻弄される兄弟の運命と絆を描く歴史大河

 数々見てきた韓ドラの歴史ものの中でも、私にとって『緑豆の花』は最高傑作と言える。

 1392年から1910年まで続いた朝鮮王朝は、王家である李家が一族支配する国であり、高宗(在位1863-1907)の時代になると、既に制度疲労ともいうべき構造的腐敗によって内部から崩壊しつつあった。

 当時の朝鮮の身分制度は、君臨する王族の下に両班(文官・武官の名門)、中人(公務員・専門職・医者)、常民(農民・商人・職人)、賤人(僧侶、奴婢、キーセン)に分かれており、さらに各層の中も細分化されていた。それぞれの階層を超えることは不可能に近く、奴婢は商品として売買もされていた。

 この時代、朝鮮半島は世界的な植民地収奪戦の渦中にあった。ソウルの要衞である江華島は1866年にフランス艦隊、71年には米国艦隊から攻撃を受け、75年には日本が武力で制圧して不平等条約である日朝修好条規を強要し、朝鮮半島進出への足がかりにした。

 そんな中、1894年に朝鮮南部で農民たちの蜂起「東学党の乱」が始まった。東学は「人すなわち天」という教えであり、人間の尊厳と平等を掲げるものだった。

 朝鮮政府が蜂起鎮圧のために清国に出兵を要請すると、日本も自国民保護を名目に出兵した。そのことを知った東学農民は素早く政府と和して矛を収めた。こうなると、日本が清国と締結していた天津条約(将来朝鮮に変乱があって相互に出兵しても、事が収まれば撤兵する)によって撤兵せざるを得なくなるため、日本は出鼻をくじかれた形となった。

 何としても朝鮮を手に入れたい日本は再度軍事力で朝鮮政府を脅し、清国軍を撤退させるよう日本に依頼するという形を取らせることにした。

 こうして日清戦争(1894-95)が始まった。戦争の名目は「清国が朝鮮を属国扱いしているので、日本は朝鮮の独立のために戦う」というものだった。

 この戦争で日本軍と最前線で戦い抜いたのが東学党の朝鮮農民たちだった。しかし、農民たちの武器はせいぜい火縄銃で、あとは竹槍や農具しかなく、到底近代的な軍隊と戦えるものではなかった。そして日本軍はこの農民たちを「ことごとく殺戮すべし」(在朝鮮司令部陣中日誌)と命令して殲滅した。

 日清戦争とは、朝鮮の領土内で、数十万人の朝鮮人民を殺した戦争だったのだ。

 物語は、この時代の中人(下層公務員)の家に生まれた兄弟二人の目を通して、固定化された身分制度の差別社会をいかに超えていくか、当時の朝鮮人エリートの多くがたどった苦難の道を描いている。

 そして、当時の朝鮮社会を見事に体現しているのが、兄弟の父親で汚職役人のペク・マンドゥク(パク・ヒョックォン)だ。

 使用人の娘をレイプして生まれた長男イガン(チョ・ジョンソク)をはじめのうちは大切にするが、正妻に男子イヒョン(ユン・シユン)が生まれると一転して使用人扱いし、教育も財産もすべて嫡子である弟に譲らせて、兄には汚れ仕事ばかりをやらせる。

 その姿は、男性優位の身分差別社会にどっぷり漬かって何の疑問も持たない人々の感覚を、これでもかと見せつけるものだった。

 そんな中、弟は強大な帝国日本の力を利用して朝鮮を文明化し、身分差別社会を改革しようとする。一方、父に言われるまま残虐行為を繰り返してきた兄は、良心の呵責に耐えきれなくなり、平等な社会を打ち立てようと東学党に参加する。この二人の葛藤が痛いほど切ない。

 同時に、この物語の切なさは、国家によって最も虐げられてきた人々が、最後まで国家を見捨てず、侵略してくる他国の軍隊と素手で戦い切るところにある。

 物語の中で、東学党の指導者チョン・ボンジュン(チェ・ムソン)が、朝鮮政府と帝国日本に捕まって死刑を宣告されたあと、「耳を洗ってくれ」と言うシーンがある。

 これは、嫌なことを聞いたときは耳を洗うという朝鮮の習慣に基づいている。見たくないものは目を閉じればいいが、耳は閉じれないからだ。強いものに尻尾を振って従う植民地行政官のような連中との違いが浮き彫りになった名シーンだ。

 利権の維持に汲々とする朝鮮王朝と後の独裁政権の姿が相似形であるように、東学農民たちの姿は後の光州市民の姿であり、朴槿恵を退陣させた韓国民主運動の姿なのだ。

 ちなみに、「緑豆」というのは小柄だったチョン・ボンジュンのあだ名であり、バックに流れる「セヤセヤ(鳥よ、鳥よ)」という民謡は、日本軍を鳥に見立てて、「鳥よ、鳥よ、青い鳥よ、緑豆畑に座ってはいけない」(鳥が緑豆の花をついばんで)「豆の花が落ちたらチョン・ボンジュン(朝鮮の民)が泣く」と歌われている。

 時代の渦の中で翻弄される人間の哀しみを痛いほど味あわせてくれる名作だ。

今回ご紹介した作品

緑豆の花

放送
BS日テレにて毎週月~金曜 13時~14時放送
配信
以下の配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/U-NEXT/GYAO!/dTV/Hulu/TELASA/FOD

情報は2022年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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