地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
宮廷の諍い女
2022/10/24公開
中国で社会現象を巻き起こした清朝宮廷ドラマの傑作
華流の歴史ドラマの中から一つ選べと言われたら、私なら「宮廷の諍い女」をあげる。現時点での最高傑作だと思う。これは、4千年の歴史を持つ多民族官僚国家中国の、人心掌握術や権謀術数の凄さを「後宮」を舞台に性愛をからめて描いた作品だ。
見終わって身震いがした。ああ、復讐とはこういうことか、と。
物語の舞台は18世紀の清朝。後宮とは、皇帝専用の性処理装置であり、また後継ぎを産むための装置でもある。日本で言えば、江戸時代の大奥みたいなものだ。地方勢力の者にとって、親族の娘が後宮に入ることは権力と直結できる可能性を意味した。だから、一族の繁栄のため、どんな手段を使ってでも皇帝の寵愛を受け、世継ぎを生むことが彼女たちの使命となる。
しかし、その使命の遂行は命がけだ。当時の妊娠出産はそれ自体が命がけだったが、それに加えて、皇帝のほんの気まぐれで簡単に殺されてしまうこともある。そんな中で、世継ぎとなる男の子を無事に産まなければならないのだ。このドラマでもう一つ凄いのは、威厳に満ちているはずの皇帝が、権力以外に何の魅力もないただの中年男として描かれていることだ。寵愛って、つまりこのオヤジに抱かれるのかぁ、と絶望的な思いに駆られるほどなのだ。
後宮には、ピラミッド状の階層がある。頂点は皇后(正室)で、これは一人しかなれない。その次は皇貴妃(側室、定員1名)、貴妃(2名)、妃(4名)、嬪(6名)、貴人(人数無制限、以下同じ)、常在、答応、官女子、宮女(まだ皇帝に呼ばれていない女官)と続く。皇帝に選ばれ、さらに、上の階層の女性たちにも認められなければ、この階段は上がれない。
万一下層の者が妊娠すると、今度は堕胎工作が始まる。それを逃げ切ってもさまざまな落とし穴があり、落ちて殺される者もいれば、また這い上がる者もいる。その手練手管には圧倒される。誰を味方につけ、どのように這い上がり、どうやって皇帝を誘惑し、そして、いかにして生き残るか。まさに、凄まじいサバイバルゲームなのだ。後宮という閉ざされた空間の中、皇帝の寵愛を受けることだけが生き残りの手段であることは周知の事実なのだが、それでも、寵愛の向こうに「真実の愛」を探し求めてしまう女性たちが切ない。そんな彼女たちが、単なる性処理の道具で「産む機械」であることを思い知らされていく残酷さ、そこに群がる男たちの権力闘争。
主人公シン・ケイ(スン・リー)はシスターフッドをベースに味方を作り、放たれる嫌がらせを言葉巧みにかわし、時には敵とも手を組んで難局を逃れる。罠にはめられ後宮から追放されても、復活を期して時期をじっと待つ。そして、裏切り者は容赦なく殺す。ドラマの終盤、シン・ケイの愛する人たちを殺しまくった皇帝の臨終の床での会話は、今を生きる昭和オヤジたちに聞かせてやりたいほどだ。
産んだ子が皇帝の子ではないとの嫌疑をかけられ、それをも乗り切ったシン・ケイは、死を目の前にした皇帝から「(お前が産んだ子は)私の子なのか?」と問われると、なに食わぬ顔で「当然でしょ」と答える。そして、死にゆく皇帝の望みを次々に無視し、最後に「後宮に戻ってあなたに触れられるたびに吐き気がしました」と止めを刺す。その凄まじさに圧倒される。
全76話と、本当に長いドラマだが、力ある男の傲慢さに、妻たちはじっと我慢していたということがよく分かる。東アジア共通のロクでもない男たちの姿がそこにある。放送直後から中国で社会現象を巻き起こしたこのドラマでは、「人間」が権力にどのようにひざまずくか、うんざりするほど味わうことができるだろう。セットで作られた紫禁城も、衣装も装飾品も見事で、そこにいる美しいシン・ケイの姿は、まさに時代絵巻そのものだ。聖母皇太后にまで上り詰めたシン・ケイの権力収奪劇を、是非楽しんで頂きたい。
今回ご紹介した作品
宮廷の諍い女
以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/U-NEXT/Hulu/FOD
情報は2022年10月時点のものです。